2013.04/20(Sat)

Op.189 ワグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」全曲 by ショルティ&ウィーン・フィルハーモニーOr.

すでに4月になってしまいましたが
今年はワグナーも生誕200年のアニヴァーサリー・イヤーとのこと。
ヴェルディとワグナーのBOXセットを
ブログ仲間の御方もご紹介をされていらっしゃいました記事を拝読をするにつれ
ワーグナーに食指が動いてきました。

ワグナーは数種のBOXセットが発売されているようでどれも気に入りました。
すべて求めることができないので迷いに迷った末に
ショルティワグナー・オペラ・レコーディグスにしました。
ショルティはLP時代にハッとさせられるものを感じさせてくれた初めての指揮者。

ワグナーの作品はCD時代になってから初めて求めた有様です。
初めて「マイスタージンガー」を聴いたのはLP時代ですから
昔々のことになります。
カラヤン&ドレスデン国立管弦楽団で5枚組でした。
耳にして即、お気に入りになったワーグナーの思い出深い作品です。


          ショルティ:ワグナー・オペラ・レコーディングンスより
          楽劇ニュルンベルクのマイスタージンガー」全曲

                ショルティ:ワグナー.オペラ.レコーディングズ


                ザックス:ノーマン・ベイリー(B)
                ワルター:ルネ・コロ(T)
                べックメッサー:ベルント・ヴァイクル(Br)
                エヴァ:ハンネローレ・ボーデ(S)
                ポーグナー:クルト・モル(B)
                マグダレーネ:ユリア・ハマリ(Ms)
                ダーヴィド:アドルフ・ダラポッツァ(T) 他

                 ゲオルグ・ショルティ指揮
                 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                 ウィーン国立歌劇場合唱団
 
                (録音:1975年 ステレオ セッション)
 

お気に入りの「マイスタージンガー」でありながら
じっくりと耳を傾けることなく年月が過ぎてしまいました。
あらすじも概ねは忘れ去りの状態ですで概要を覚書として。

 「中世のニュルンベルクの町。
  人々の敬愛を集める靴屋の親方で歌芸術の名匠ザックスは、
  若い騎士ワルターの大胆で型破りな歌に魅力を感じる。
  様々な障害を乗り越えザックスは彼をマイスターに推薦しようとする。」
                        (オペラ・ガイドより引用)


昔聴いたカラヤン盤のLPの思い出。
5枚組でドッシリとした重さも懐かしく、価格もドッシリと重く
レコ―ド店のサービス券一年分を溜め充当して求めた思い出も懐かしいものがあります。

当時のLPのライナー・ノーツを懐かしく読み返してみました。
ワルター役のルネ・コロについて
  「新鋭ルネ・コロ」「新人テノール」
として紹介されています。
その当時にはルネ・コロに特に関心も抱くことなく聴いていたことを思い出します。
あれから云十年、いつしかルネ・コロがお気に入りのテノールの一人に。
今回聴いたショルティ盤でもワルター役がルネ・コロです。

カラヤン盤では1970年の録音でルネ・コロ33歳。
ショルティ盤は1975年の録音です。

嘗てはLP付属のライナー・ノーツを読むことが滅多にありませんでした。
今回読み返してみて有名な話だそうですが
ワーグナーは対立をしていた批評家のハンスリックを
意地悪く才能が乏しいべックメッサーに当てとのことに
思わず笑みがこぼれてしまいました。



【作曲】1862-67年
    ワグナーは1835年にニュルンベルクを訪れたとのこと。
    1845年7月16日に「マイスタージンガー」の台本の草案を散文の形で書き上げ
    1862年1月に台本が完成し作曲に取り掛かり
    同年11月に前奏曲が完成。
    ライプツィヒのゲヴァントハウスにて演奏されたとのこと。
    1864年に「ニーベルングの指輪」にて「マイスタージンガー」は中断。
    ミュンヘンからスイスに移住をしていたワグナーは1866年に
    本格的に「マイスタージンガー」に取り掛かり
    1867年10月20日に総譜が完成したとのことです。
【初演】1868年6月21日 ミュンヘン宮廷歌劇場
    ハンス・フォン・ビューローの指揮
    大好評 だったさそうです。
    日本での初演は1960年11月2日 日比谷公会堂に於いて
    演出はウォルフラム・フンパーディンク
    指揮がマンフレッド・グルリットだったとのこと。
【台本】作曲者ワグナー自身
【主な登場人物】
    ハンス・ザックス:靴屋の親方
    ワルター・フォン・シュトルツィング:フランケン出身の若い騎士 
    ジンクスト・べックメッサー:市の書記
    ダーヴィド:ザックスの徒弟
    エヴァ:金細工師ボーグナーの娘
【あらすじ】

  第1幕:カタリーネ教会の内部

親方職人たちの歌芸術が花開くニュルンベルク。
この町に来た若い騎士ワルターは歌の試験に挑戦した。
しかし親方芸術には複雑な作歌の規則があった。
記録係の書記べックメッサーは、ワルターの歌の不備と未熟さをあげつらう。
ワルターは「歌い損ない」を宣言される。
が、たった一人、彼の歌の新鮮さに強い印象を受けた親方がいた。
新しい芸術に理解を示す靴屋のザックスだった。

  第2幕:ザックスとポーグナーの家の前、夏の晴れた夕方

男やもめのザックスは、娘ほど歳が違うエヴァを愛していたが
そのエヴァはすでにワルターと恋仲になっている。
ザックスは妄執に迷いつつも自らは恋から身を引き
ワルターを翌日の歌試合に勝たせ エヴァと結婚させようと決心するのだった。
それとは知らない若い二人は、試験の結果に絶望し駆け落ちを計画。
だが、ザックスは巧みにそれを阻止する。
その時、エヴァに執心のべックメッサーがやって来てセレナーデを歌い始めたが
ザックスは面白半分に靴の修理の物音を入れて彼を妨害。
この騒々しさに近隣の人々が怒りだした。

  第3幕:ザックスの仕事部屋、歌合戦

一夜明け町をあげての歌試合の日。
小細工が過ぎて失敗したべックメッサーを尻目にワルターは≪朝はバラ色に輝き≫を
見事に歌って栄冠を勝ち得た。
だが、彼は親方芸術の中に潜む旧弊な伝統と因習を見破り
親方に推薦されるのを拒否する。
当惑する人々。
その時、ザックスは立ち上がりドイツの芸術と親方の精神の尊さを諄々と説く。
一同は、ザックスの偉大さに改めて打たれるのだった。
                         (幕)


         マイケル・オステンドルファー作のハンス・ザックスの木版画
              (ドイツWiki)Hans Sachs, Holzschnitt von Michael Ostendorfer (1545)
                       Hans Sachs
               (1494年11月5日-1576年1月19日)
             


ニュルンベルクでは歌でも組合が作られ
親方:Meister 詩人:Dichter 歌い手:Singer
弟子:Schulfreund、見習い:Schuler
以上の5つの階級があったそうです。
最も隆盛の時代は1540年頃で、250名もの組合員がいたとも言われているとのこと。
親方たちの多くは巨匠的なマンネリズムに陥り
芸術的に香り高い歌から遠去かってしまう傾向があったようです。
そうした時に、この作品の主人公で詩人、劇作家でありニュルンベルクの靴屋で
あったハンス・ザックスが出現したとのこと。
伝えられるところによるとザックスは6000の詩歌を書き
時事問題から神話に至るまで広汎な題材を用いて当時のマイスタージンガーの世界に
新風を導入したそうです。

ザックスについてワーグナーは次のように記述をしているそうです。

 「芸術的創造力に富んだ国民精神最後の人物として把握し
  この意味で名人気取りの市民的な俗物に対立する人物として描いた」


この作品にてワグナーが表現しようとした思想は次のようなものだったそうです。
1 芸術における俗物性の排撃
2 芸術における自由を尊ぶとしても放堕に流れることを排撃し規律ある芸術を肯定
3 ドイツ精神の高揚  
4 諦念の意味深さ(マチルダ・ベーゼンドンクとの恋愛の諦念。
            「マイスタージンガー」では彼女の姿はエヴァとのこと)


大昔にカラヤン盤で聴いてお気に入りになった第1幕の前奏曲。
ショルティで聴く前奏曲、音が分厚と言うのもおかしな表現ですが
重厚であり、各モチーフも楽想豊かに演奏をされているようです。

登場人物ではザックス役のノーマン・ベイリー
ワルター役のルネ・コロ
べックメッサー役ベルント・ヴァイクル
に耳をそばだててしまいました。
また、エヴァ役のハンネローレ・ボーデも厳かさを感じさせる声質で
惹かれつつ耳を傾けていました。


さて、お目当てのルネ・コロです。
第3幕第2場と第5場のワルターの歌で有名な≪朝はバラ色に輝きて≫。
この歌は幸福と愛情を歌ったものとのことで
「愛の情景の動機」「愛の動機」を用いたものだそうです。
≪朝はばら色に輝きて≫が誕生するまでの第2場は殊に関心を抱いて聴いていました。

有名な歌とのことですが
今迄特に注意を払うこともなく聴き過ごしていたことを痛感します。
美しく抒情的な旋律の歌で感銘を受けました。


前後しますが 最も心に残るのは第3幕の第2場です。
第3幕第2場でこの歌が歌われる場面は
ザックスの家に泊まったワルターにザックスは
これから行われる歌試合のために新しい歌を作ることが必要だと説きます。
そしてワルターは明け方に見た良い夢を詩にして読みあげ
ザックスはそれを筆記しながら規則に合わせるべく時々直したりして
忠告を与える、というものです。

ワルターがザックスの忠告を受けつつ≪朝はばら色に輝きて≫が誕生するまでの
経緯は関心を抱いて聴いておりました。
ワルターがザックスの注意を受け中断しつつ低い声で歌ってみたりする部分や
ワルターの歌に感動するザックス。
ザックスとワルターのやり取りも印象に残るものがありました。


さて、第5場の歌合戦で歌われる≪朝はバラ色に輝きて≫。
完成したこの歌は 美しく抒情的な旋律の歌で感銘を受けます。
合唱は野原の草木がまるで風に吹かれ波打つかのように耳に響きます。
素晴らしい合唱とオーケストラの高揚感のうちに迎える終幕。

歌手陣もオーケストラ、合唱もとても素晴らしく
久々にワグナー作品から感銘を受けた「マイスタージンガー」でした。


最後にワルターの歌≪朝はばら色に輝きて≫の歌詞の概要を。


「朝はばら色に輝きて
 大気は 花の香りにふくれ
 得も知らぬ快さに 満たされて
 庭は私を誘い 引き寄せる!」

「幸ある園に生々と聳え
 黄金なす実を 豊かに実らせ
 風に快き枝を生やし 人を誘う 大樹あり」

「我が妙なる奇蹟を 我は語らん。
 見も得ざりし美しき乙女
 我が傍らに立てり。
 花嫁のごとく彼女は 我がからだを抱き
 眼差しもて語りかけ 白き腕もて示すは
 かの生命の大樹に実った 我がひたすら望みし
 尊き美味の果物にてありき。」
 
「夕となれば空は火と燃え
 我を残して 日は去りゆく。
 彼女の瞳より 歓喜を吸わんと
 ひたすらの願い 抑えがたく
 夜の闇に囲まれ 見ることを得ず。
 されど二つの明るき星、遠く彼方より 煌めきて
 細き枝の間より 遠くて近きがごとく 我が顔を照らす。
 静かなる丘に、美しい泉あり
 優しき音、高まり行く。
 かく高らかに美しき音 聞きしことなし。
 輝かしく 星は煌めき、明るく照らす。
 木の葉にも枝の間にも 黄金色 集まりて
 踊り狂うその群れは 黄金の果実にはあらず。
 月桂樹に煌めく星の群」




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2011.02/20(Sun)

Op.89 ESOTERIC復刻のワーグナー管弦楽曲集 by カラヤン&ベルリンフィル

最近は音楽に距離を置いてしまっている日々ですが
久し振りに生き返った気分を満悦することができました。

至福のひと時を与えてくれましたのが
ESOTERICの名盤復刻盤シリーズから
カラヤンベルリン・フィルワーグナー管弦楽曲集でした。
昨夕、ミュージック・バードでの再放送です。

こちらのCDのOAにも特に関心を抱くことができませんでした。
2月13日、一回目のOAをスルーしてしまいましたが
昨日の再放送を聴いてみる気持ちになりました。
東条碩夫氏の解説
カラヤンの演奏。
聴いて本当に良かったと思います。

こちらの演奏は嘗て1957年?録音のLPで聴きました時に
私には無縁でしたワーグナーの世界の扉を開いてくれたものでした。
当時「マイスタージンガー」前奏曲を初めて聴きまして
カラヤン(ドレスデン国立管弦楽団)の全曲盤を
早速求めましたほど衝撃が強い演奏でした。

ESOTERICの復刻盤はどのような?
興味深いものがありました。

    詳しくはコチラに→ESOTERIC


                ワーグナー:管弦楽曲集
                     by
            カラヤンベルリン・フィル(1974年)



          ワーグナー管弦楽曲集byカラヤン&ベルリン・フィル


         「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
         「タンホイザー」(パリ版)より 序曲とヴェヌスブルクの音楽
         「ローエングリン」第1幕への前奏曲
         「ローエングリン」第3幕への前奏曲
         「さまよえるオランダ人」序曲
         「トリスタンとイゾルデ」より 第1幕への前奏曲と「愛の死」

          ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
          ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
          ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団

         (録音:1974年 ベルリン、フィルハーモニー)



「マイスタージンガー」が鳴り響き渡りました途端に
この音は ?!!
驚愕、絶句です。
想像以上の素晴らしさです。

完全に感激の嵐の渦に巻き込まれてしまいました。
音に感激?
「タンホイザー」でお気に入りのパートでは危うく感涙。

とにかくスケールの大きい演奏です。
豪壮雄大。
音像はとてもリアルでありつつも豊かです。

東条氏はディスク紹介の時に
  CDではLPで聴くよりも音がドンシャリになってしまっていたが
  こちらの復刻では音がLPのイメージに近い
と、ご感想を述べられていらっしゃいました。

因みに、昔求めましたLPを聴いてみました。
「ローエングリン」第3幕への前奏曲が入っていない他は
収録曲目は同じです。
録音年月日の記載が残念ながらありませんが
多分1957年の録音のようです。

思い出深い懐かしいLP盤です。
久しくターンテーブルに乗せることもなく過ぎてしまいました長い年月。
1957年?の録音ですし、1974年録音に比べやはり音質は劣るものの
いざレコード針を下ろしますと昔と変わらない・・・感激の坩堝。

当時とは再生装置もアナログ・プレイヤー以外はすっかり入れ替わりましたが
感動は何一つ変わらずです。
例えノイズがありましても
レコード盤を途中で裏返す手間がありましても
例え録音が古くても
やはり アナログ・レコードには抗い難い魅力の再認識を。

アナログ・レコード賛歌になってしまいました。

ESOTERICのこちらの復刻CDですが
CDでもこれほどの音が聴くことができるのかとの認識を遅まきながら抱きました。
本当に驚嘆に値する素晴らしさの一言に尽きます。


演奏終了後に東条氏は
  カラヤンの重厚で、豪壮雄大な演奏
  このようなワーグナー演奏 そして 録音は
  今後、出ることはないだろう
  記念碑的なディスク
と仰っていらっしゃいました。

最近は購買意欲をそそる声楽曲以外のCDに出合うことが少ないのですが
こちらのCDだけは例外になりそうです。


                       ぱたぱた:bird2すずめ(左)S
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2010.08/08(Sun)

Op.57 ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲 by C.クライバー

夏から連想するものと言えば・・・未だに、「夏休み」と「宿題」です。
夏休みの宿題とはすっかり縁がなくなりましたが、
今年は自分に夏の「宿題」を課してみました。
ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を全曲聴くこと。

ワーグナーの作品で何が一番苦手かと申しますと、「トリスタン」なのです。
6月下旬頃に「トリスタン」に挑戦!と思いつつ・・・月日が経ちまして焦りが出てまいりました。

「さぁ、今度こそ、聴いてみる!」と、7月下旬に決心をしました。
第1幕の前奏曲を聴いているうちに、ウトウトと…子守唄に。
いつまで経っても第1幕の途中までの繰り返しをしているうちに、とうとう8月に入ってしまいました。
この分だと、全曲鑑賞制覇は・・・完全に不可能・・・ということは、自分を許せず一発奮起をしました。


               ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」
                   C.クライバー;DG録音全集より


                C.クライバー DG録音全集

                トリスタン:ルネ・コロ
                マルケ王:クルト・モル
                イゾルデ:マーガレット・プライス
                クルヴェナール:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
                ブランゲーネ:ブリギッテ・ファスベンダー
 
                シュターツカペレ・ドレスデン
                ライプツィヒ放送合唱団

               (録音:1980年~1982年ドレスデン、ルカ教会)
   


いろいろな解説書を開いてみました。
苦手な原因は、どうもこの辺りにありそうです。
 
 「半音階的な進行、無限旋律と呼ばれるメロディのつなぎ目をなくした手法が
  駆使され、古典的な調性は崩壊の寸前にまでつきつめられている。
  それによってこの作品は、現代音楽の扉を開いたとされる。」
                (「オペラ・ハンドブック」より引用)


半音階、無限旋律、古典的な調性の崩壊寸前、現代音楽の扉を開く!
これらの文字はクラシック音楽から逃避したくなる要素ばかりです。
苦手な要素の塊なのです。
「トリスタンとイゾルデ」の全曲鑑賞は、拷問のようにも・・・。
    何も、そのような思いをしてまでも聴かなくてもよいものを
     でも、C.クライバーなのでどうしても聴きたいし  


上記と重複しますが、この作品の特徴として、
1.詩によって音楽が統一されている
2.示導動機の徹底的な使用
3.旋律が休みなく、成長し溶け合う無限旋律の使用
4.半音階とエンハーモニックの夥しい使用
と解説されています。

ワーグナーがこの作品を作曲した当時、妻であったミンナとの不幸な結婚に悩んでいたそうです。
愛の幸福の体験がなく、(その反動?で)作品の中に愛情の湧き出る劇を作ろうと考え、誕生したのが「トリスタンとイゾルデ」だったそうです。
また、人妻マティルデ・ベーゼンドンクとの遂げられない恋の苦悩もまた、作品の基礎ともなっていたとも。

オペラ鑑賞では粗筋よりも音楽、などといつものように気楽にはいかなくなりました。
先に粗筋を読むことに。
そして、いつもの虎の巻からの引用です。

【作曲】1857-59年
【初演】1865年6月16日(他の本では10日の記も)ミュンヘン宮廷歌劇場
【原作】ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの同名の叙事詩
【台本】作曲者自身
【時・場所】伝説上の中世
【構成】3幕 約3時間50分
【主な登場人物】 
   トリスタン:コーンウォールの騎士、マルケ王の甥
   イゾルデ:アイルランドの王女
   マルケ王:コーンウォールの王
   クルヴェナール:トリスタンの従者
   ブランゲーネ:イゾルデの侍女
【物語】
 第1幕:アイルランドからコーンウォールへ向かう船上
アイルランドの王女イゾルデはコーンウォールの王マルケの元に嫁ぐために、
王の甥トリスタンが舵を取る船で王の元へ向かっている。
かつて、トリスタンはイゾルデの従兄で許婚のモロルトを戦場で殺した。
その際、自らも深傷を負い、身元を偽ってイゾルデの元に助けを求めてきた。
看病するうちにイゾルデは許婚の敵であることに気付くが、すでに彼を愛していたので逃がした。
他ならないその男、トリスタンが恩を忘れ、イゾルデを王の妻にするために連れに来たのである。
イゾルデはトリスタンを激しく責め立て、ともに死ぬことを決意する。
イゾルデは侍女のブランゲーネが差し出した薬を共に飲む。
差しだされたのは、ブランゲーネが命じられた毒薬ではなく愛の薬だった。
トリスタンとイゾルデの間に愛が燃え上がる。
船はコーンウォールに到着する。

 第2幕:コーンウォール城内。王妃イゾルデの部屋の前の庭。
狩りに出る王の一行の角笛の音。
イゾルデはトリスタンとの逢引の時を待っている。
トリスタンがやって来る。
見張り役のブランゲーネの警告も二人の耳には届かない。
マルケ王の家臣メロートが手引きした王の一行がやって来る。
マルケ王は二人の裏切りを嘆く。
トリスタンはイゾルデに一緒に夜の国へ行ってくれないかと話す。
耳にして怒ったメロートはトリスタンに斬りかかる。
トリスタンは剣を落とし、深い傷を負う。

第3幕:ブルターニュにあるトリスタンの居城カレオーレ。
 トリスタンの従者クルヴェナールは重傷を負った主人をここまで運び、
傷を癒す事ができる唯一の人、イゾルデを呼びにやった。
イゾルデの到着。
トリスタンは立ち上がって包帯を剥ぎ取りイゾルデの到着を喜ぶが、それは彼にとって死を意味した。
イゾルデが駆け付けた直後にその腕の中で息絶える。
マルケ王一行が到着する。
クルヴェナールは孤軍奮闘して王の従者と戦うが、メロートを倒したところで力尽きる。
そこにすべての事情を知って二人を許すためにやって来た王が登場。
しかしマルケ王がそこで見たのは、トリスタンたちの亡骸だった。
トリスタンを失ったイゾルデにはもう何も目に入らない。
「イゾルデの愛の死」を歌い、トリスタンの亡骸の上に崩れ落ちる。


第1幕、前奏曲
解説書によりますと、ワーグナーはこの曲に次のような「標題」を与えているそうです。
 
  「トリスタン自ら結婚仲人としてイゾルデを叔父の元へ連れて行く。
   実は二人は愛し合ってる。
   静めることのできない欲望の最も控え目な訴えに始まり、
   望みのない愛の告白の極めて繊細な慄きから、
   このような愛の最も恐ろしい爆発に至るまで、
   内なる灼熱に対する無益な戦いのあらゆる段階の感情が貫いてる。
   そして、この感情は気を失って己の中に沈んでしまい、
   死の中に消え去るほかないようになる。」

この第1幕前奏曲を漠然と聴いておりました時には、ウトウトしてしまいましたが。
2度、3度と何回も繰り返し聴きますうちに、かつて耳にしたことがある旋律が。
以降は、順調?に鑑賞をすることができるようになりました。

第1幕第3場、イゾルデがブランゲーネにトリスタンとの出来事の回想を歌う部分。
イゾルデ役のマーガレット・プライスの楚々とした声に、内なる苦しみ、悲しみが秘められているように感じました。

第2幕、第2場、マルケ王の城内のイゾルデの部屋の前の庭で、イゾルデとトリスタンが歌う有名な愛の二重唱「ああ、われらを閉ざせ、愛の夜よ」。
トリスタン役が最高のワーグナー・テノールとの先入観があるせいでしょうか、ルネ・コロのトリスタンが素晴らしく耳にも心にも響きます。

第3幕第1場でのクルヴェナールとトリスタンの二重唱。
クルヴェナール役のディスカウ。
ディスカウが持つ本来の声質がトリスタンの忠実な従僕としてのクルヴェナールには相応しいのでしょうか、トリスタンを気遣うクルヴェナールの温かい心を感じるようです。

同、第3場、意識を失いトリスタンの死骸の上に倒れたイゾルデが、ブランゲーネの腕の中で再び意識を取り戻し、
イゾルデが歌う「イゾルデの愛の死」。
有名な「イゾルデ愛の死」なのですが、どうも・・・詩が哲学的すぎて、理解には程遠い有様です。

この作品で一番心に残りましたのは、
第1幕の前奏曲であり、第3幕の序曲でした。
第3幕、序曲、底なしの奈落を連想させるかのように深々と奏される低弦。
前奏曲を聴き、ウトウトとしていましたことが、まるで嘘のようにいつしか作品に引き込まれてしまいました。
緊張感、緊迫感に溢れ、一時も余裕を与えない演奏。
これもC.クライバーの手腕の為せる技でしょうか。



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2010.02/07(Sun)

Op.26 ワグナー『ニーベルングの指環』全曲 by ティーレマン

              「ニーベルングの指環」byティーレマン
 

              主なキャスト:
              ヴォータン:アルベルト・ドーメン(Bs-Br)
              ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン(S)
              ジークフリート:ステファン・グールド(T)
              ジークリンデ:エファ=マリア・ウェストブロック(S)
              ジークムント:エントリク・ヴォトリヒ(T)
              アルべりヒ:アンドリュー・ショア(Bs)

              クリスティアン・ティーレマン
              バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団
              (2008年 バイロイト祝祭劇場 ライヴ録音)




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ミュージック・バードで2月1日より5日までの5日間、30時間に渡り、
「クリスティアン・ティーレマン・スペシャル」としてティーレマンの特集がありました。
ワグナー『ニーベルングの指環』全曲を中心として、ティーレマンのCDの紹介でした。

『指環』全曲で約15時・・・演奏時間を聞いただけで卒倒しそうになります。
ワグナーの楽劇になりますと《ニュルンベルグのマイスタージンガー》以降の作品を敬遠してしまっている日々でした。
ミュージック・バードのOAプログラムを見ましても、指揮者はティーレマン。
関心のない指揮者だし・・・でも、気になるし・・・。
意を決し、OA.3日目の《ワルキューレ》から聴いてみました。

音が出た瞬間・・・後悔をする羽目に・・・OA.1日目と2日目を聴き逃しましたことを。
OA.1日目には舞台神聖祝典劇《パルジファル》。
2日目は《ラインの黄金》でした。
こちらは後日の再放送待ちをしています。

  序夜: 《ラインの黄金》
  第1夜:《ワルキューレ》
  第2夜:《ジークフリート》
  第3夜:《神々の黄昏》

《ワルキューレ》以降、何とか、一応は聴くことができました。
    
     感想は一言・・・最高!

ですが、過去の名盤と称されるものを聴いてはおりませんが。
私にとりましての、最高の《指環》になりました。

OA.番組担当の山崎浩太郎氏に依りますと、
1960年代(1933~67年)のベーム以来、約40年ぶりの正規盤リリースとのことでした。
その間の、ブーレーズ盤、バレンボイム盤はライヴ録音ではなくセッションであったそうで、久々のライヴ盤がこのティーレマンとのお話でした。

登場人物の歌手陣について、山崎浩太郎氏は、
ジークフリート歌い不在が続いている中で、このCDのステファン・グールドの出現には期待が持てると発言されていました。
ヘンデル・テノールではルネ・コロのジークフリートも好評だったとも聞いています。
ステファン・グールドよりも、関心を惹かれましたのが、
ヴュルンヒルデ役のリンダ・ワトソンでした。

ティーレマンの演奏ですが、これもまた、山崎氏の引用になりますが、

「ドイツ指揮者界に久しく途絶えていた、骨太で重厚な音楽を聴かせてくれる指揮者として、ティーレマンへの期待は大きい。
そして今回の「指環」全曲盤は、その期待に十二分に応えてくれるものである。
スケールはきわめて雄大で力強く、劇性も叙情性も、それが求められるところでは存分に発揮される。
これまではクライマックスのつくり方がうまいとはいえなかったティーレマンだが、この演奏ではその弱点が克服され、解放感と達成感に不足することはない。
50歳前後にさしかかったティーレマンは、本当の意味で、ついに巨匠指揮者への道を昇りはじめたといえるだろう。
それから、このCDの大きな魅力は、音質がきわめて優れていることだ。
豊かな音場感と、まろやかに溶けあって歌手の声を絶対にかき消さない、バイロイトの祝祭劇場ならではの音響バランスによる、刺激的にならない美しい響き。
この音響を聴いているだけで、気持ちよく酔えるほどだ。
本来はDVDメーカーであるオパス・アルテが、あえて音だけのCDで発売した理由が、聴けば聴くほどよくわかるのである。」

上記、山崎氏が述べていられますように、
  
   音質の優秀さ
   豊かな音場感
   歌手の声を掻き消さない 
   刺激的にならない美しい響き
   この音響を聴いているだけで、気持ちよく酔えるほど

これらの点を指摘される山崎氏の再生装置を知らないのですが、
私の装置ですら、本当に 素晴らしい! のです。

が、音量を上げますと 近所迷惑 の文字が脳裏にチラチラ。
音量を控えての鑑賞は消化不良気味でしたが・・・。
それでも、確かに、音響を聴いているだけで・・・陶酔 です。
   「音」を聴いているのか、「音楽」を聴いているのか?
になってしまいますが。

重低音 というよりは、「轟き渡る」と言う感じでしょうか。
100人を超える大オーケストラの圧巻は眩いばかりです。
スペクタクルの世界でしょうか。
《神々の黄昏》の終幕、轟く渦の中でヴァイオリンが透明な美しさを奏でての終結。
   静寂
そして、流れる滝のような拍手。
ブラヴォー! は、差し詰め 合唱。

バイロイト音楽祭の聴衆になった錯覚を抱いてしまいました。

ただ、残念なのは、登場人物が多すぎ、歌詞カードもなく聴いていますと、
「誰が歌っているの?」と、私などは皆目分からなくなってしまいます。
殊に、ワルキューレの三姉妹の、
ヴェルグンデ(ウルリケ・ヘルツェルのS.)
ヴォークリンデ(フィオヌアラ・マッカーシーのS)
そしてフロスヒルデ(ジモーネ・シュレーダーのMs.)
誰が誰やら? もう全くワカリマセン。
今回ばかりは、DVDの恩恵を身に沁みて感じることも・・・。

OAでは他にティーレマンのCDで、
ベートーヴェン交響曲 第5・7番 フィルハーモニアO.
R.シュトラウス:アルプス交響曲」「英雄の生涯」 VPO.
を聴き逃しましたので、こちらの作品も再放送が待ち遠しいです。



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タグ : CD ミュージック・バード ワグナー ニーベルングの指環 ティーレマン バイロイト音楽祭

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2010.02/02(Tue)

Op.25 トスカニーニ・ラスト・コンサート

             トスカニーニ・ラスト・コンサート
                    

              ワーグナー:管弦楽曲集
        《ローエングリン》第1幕への前奏曲
        《ジークフリート》~森のささやき
        《神々の黄昏》~ジークフリートのラインへの旅
        《タンホイザー》~序曲とバッカナール
        《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲
        《神々の黄昏》~ジークフリートのラインへの旅より(リハーサル)
 
             アルトゥーロ・トスカニーニ
             NBC交響楽団

          (1954年4月4日 カーネギー・ホール ライヴ録音)



  
           miho


目下、心を独占している指揮者はアルトゥール・トスカニーニです。
あとは、シャルル・ミュンシュ。
と言いましても、まだまだ何も解かってはいない有様です。
昨年末に、やっと、やっと トスカニーニに心を揺り動かされた。
ただ、それだけなのですが。

昨年末はもしかしたら、自分にとっての音楽鑑賞?の転機点であったようにも思います。
その起爆的存在になりましたのが、カラヤン。
カラヤン、1977年録音のベートーヴェン交響曲第9番のCDとの出会いでした。

心を占める音楽家に出会いますと、いつものパターンで「もっと、知りたい!」に。
トスカニーニについて、知りたい・・・。
書籍で、CDで・・・。

私がトスカニーニについて知っていることは、
イタリア人であった・・・ということだけ。
と何ともお粗末な話です。
あと、一つは、昔々・・・ベートーヴェンの第9番のLPをいろいろと購入し、
訳も解からず、漠然と購入したLPの中にトスカニーニ&NBC交響楽団の一枚があったことだけです。
その当時、そのLPで初めてトスカニーニを聴き、音質の悪さに辟易しまして1回、レコード針を通しただけでお蔵入りに。
音楽の良し悪しが解からずに、クラシック音楽を聴き始めました頃は音質で「良し悪し」を決めてしまっていました。
と言いましても、現在に至っても音楽の本質、「良し悪し」が解かっているのかと言うと・・・解かってはいないのですが。
何ともトスカニーニに申し訳ないことを・・・と、今、痛感。
CDを聴いて 感激 をしますと、「アナログ・レコードで聴いてみたい」と時代に逆行する現在。
昨年末にCDでベートーヴェンの第9番をトスカニーニ&NBC交響楽団で聴きまして以来、
お蔵入りにしてしまったトスカニーニのLP探し・・・。
見つからずで非常事態に陥っています。

LP探しを諦め?まして、
中川右介著「巨匠たちのラスト・コンサート」(2008年発行)を入手してみました。
10人の音楽家の 最後のコンサート を描いた物語・・・だそうですので。
取り挙げられていた音楽家のトップがトスカニーニでした。
他にも、バーンスタイン、フルトヴェングラー、カラヤン、C.クライバーを取り挙げられていますので、
知らないことを知りたい! の思いでいっぱいです。

ラスト・コンサートに重点を置いて書かれたこちらの書籍でトスカニーニに関しての項目
“衰え始めた記憶力”
“これが最後のリハーサルなのか”
“指揮をやめ片手で両眼を覆った”
“《マイスタージンガー》の途中でステージを去る”

と読み進むうちに、
トスカニーニの「ラスト・コンサート」をせめて一度この耳で聴きたい・・・。

そのように思い始めました矢先の先月末近くに、ミュージック・バードでのOAがありました。
   
     ワーグナー管弦楽曲集:「トスカニーニ・ラスト・コンサート」


「巨匠たちのラスト・コンサート」からの引用です。

《タンホイザー》が終わると、トスカニーニは指揮台から降りて、
ステージを去ろうとした。
しかし、楽団員から「まだ《マイスタージンガー》があります」と言われた。
こうして、最後の曲が始まった。
チョチノフによると、
トスカニーニは「指揮棒を高く挙げて力強く拍ちおろし、全員を率いて」《マイスタージンガー》の前奏曲を始めた。
だが、またも最後近くになって、腕がグラつき、やがて動きが止まってしまった。
トスカニーニはうなだれたままステージを去った。
オーケストラは演奏を続けた。
そして「最後の熱狂的な絶叫のようなハ長調の歓呼を氏の後ろから響かせた」。
チョチノフには、あたかも「全世界の与える賞賛の声であるかのように」聞こえたという。
放送は、「拍手が続いています。オーケストラは沈黙したままです。
マエストロ・トスカニーニが再び現れるのを待ちましょう」と言うアナウンスで終わった。
しかし、トスカニーニはついに聴衆の前には姿を現さなかった。(以上、引用)

OAされましたこちらの演奏を取り敢えずはエア・チェックをしました。
以来、毎夜聴いています。
気に入った作品ですと、連日、聴き続けるのですが、
特定の音楽家の演奏をこれ程繰り返し聴くのは初めてです。

収録曲、1曲目の《ローエングリン》
曲の開始、ヴァイオリンが奏でる旋律・・・何と「悲しみ」に満ちているのでしょうか。
天使が運んできた聖杯のイメージだそうですが・・・。
これ以上の悲しみはない 究極の悲哀 だけが伝わります。
トスカニーニの最後のコンサートとの思い入れからでしょうか。
そのような思い入れを排除しても、深い悲しみだけ。
ヴァイオリンはすすり泣いて・・・。
とにかく、このような深い悲しみを湛えた旋律、ヴァイオリンの音色。
《ローエングリン》の第1幕前奏曲がこれほど胸に染み入る事は初めてです。
《ローエングリン》をまだ全曲聴いたことがありませんので、全曲を・・・できれば、トスカニーニで聴きたかったです。

3曲目の《神々の黄昏》から「ジークフリートのラインへの旅」。
コンサート前日1954年4月3日のリハーサル中のトスカニーニとオーケストラの混乱について書籍に記されてありました。
トスカニーニが誤った指示をオーケストラに出し・・・違う、違うと トスカニーニ。
やっと自分の誤りに気付いたトスカニーニ。
「これが最後のリハーサルなのか」と言い残し去って行き、リハーサルは途中で終わってしまったのですね。
この、「ラインの旅」のリハーサルはディスク最後に改めて収録されていましたが、
トスカニーニ・・・恐かったです~。

そして《タンホイザー》のバッカナールの激しさ!
このバレエ音楽がトスカニーニに乗り移ったのか、
トスカニーニが音楽に乗り移っているのか、
これ以上は無いというほどの凄まじい激しさ。

この「ラスト・コンサート」を聴きまして・・・
言葉を発するのは、余りにも軽率・・・。

トスカニーニ、演奏をもっと聴きたいものです。聴きたかったです。
遺されたディスク以外にも。

アルトゥール・トスカニーニ 1957年1月16日歿。89歳。

  彼らは自らの肉体の限界を超えて、音楽と共に生きようとした。
  彼らをそうさせたものは何だったのだろうか。
  彼らは、そして聴衆は、「最後のコンサート」の瞬間に、
  何を見て、何を聴いたのだろうか。(「巨匠たちのラスト・コンサート」より)
    


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