2017.10/14(Sat)

Op.409 シューベルト:「ピアノ・ソナタ第15番≪レリーク≫」(補作完成版) パウル・バドゥラ=スコダ

先日聴いた、シューベルトピアノ・ソナタ第15番「レリーク」。
手持ちのディスクは第2楽章までの未完の演奏ばかりでした。
いつか補作完成された演奏で聴きたいと思っていたところ
お寄せいただいたコメントにてパウル・バドゥラ=スコダのシューベルトピアノ・ソナタ全集に第15番の第3,第4楽章をスコダが補作完成した演奏で収録されていると教えてくださいました。
早速、注文を。
1927年10月6日生まれのパウル・バドゥラ=スコダは今年10月6日が
90歳の誕生日だったそうです。
偶然にも10月6日に届いたスコダのシューベルトピアノ・ソナタ全集。
シューベルトピアノ・ソナタ第15番をパウル・バドゥラ=スコダ補作完成版
聴いてみました。

                シューベルトピアノ・ソナタ第15番
       パウル・バドゥラ=スコダシューベルトピアノ・ソナタ全集より


            408シューベルト:ピアノソナタ第15番 ピアノ・ソナタ全集 パウル・バドゥラ=スコダ
                        (収録曲)
                       シューベルト

         ピアノ・ソナタ第15番:ハ長調 D.840(スコダ補作完成 ヘンレ版)
         ピアノ・ソナタ第16番:イ短調 D.845
                  (録音:第15番 1968年 ウィーン)


           第1楽章:Moderato ハ長調 4/4拍子
           第2楽章;Andante ハ短調 6/8拍子
           第3楽章:Allegretto - Minuetto 変イ長調 3/4拍子
           第4楽章:Rondo Allegro ハ長調 2/4拍子


先日のシューベルト、ピアノ・ソナタ第15番は未完の第1、2楽章まででしたが
今回は補作完成された第3、4楽章を中心に。
第1、2楽章は先日、綴ったことを手抜きをしてコピーで。
以下も先日綴ったことと重複しますが、忘れっぽい自分の復習 として再度。

作曲されたのは1825年4月だそうです。
最初の2つの楽章は完成し、第3、4楽章は未完のまま放置されたとのことです。

ソナタ第15番の「レリーク」は「聖遺物」という意味だそうです。
この呼称は1861年に初版が刊行された際に出版社が最後の作品であると
誤認して付けられた名称とのことです。
1859年2月10日に曲は部分的にシューマンが刊行する「音楽新時報」に
第2楽章だけが楽譜で紹介されているそうです。

パウル・バドゥラ=スコダが補作した第3、4楽章について平野昭氏の解説を
参照させていただきました。

第3楽章。シューベルトはメヌエット主部の第80小節とトリオ部の第28小節までを
書きそのまま未完になっていたそうです。
中間部は完成しているとのこと。
パウル・バドゥラ=スコダの補作部はメヌエット主部第80小節から
終止の第94小節までの14小節になるそうです。

第4楽章。ソナタ形式だそうですが、シューベルトが作曲しているのは
主題部部と展開部のごく一部の第272小節までだそうです。
第271-272小節はソプラノ旋律だけが書かれているとのこと。
パウル・バドゥラ=スコダによる補作は展開部の第271-272小節の左手声部から
第556小節までの長大な量だそうです。
この部分は第347小節以降を含むロンド・ソナタ形式的構成の再現部に相当するとのことです。
この再現部はほぼ型通りになっているとのこと。
シューベルトの晩年の他のソナタ同様に長い展開部を補筆した後に
主題を省略することなく再現させているそうです。

パウル・バドゥラ=スコダによるこの補作完成版
ヘンレ社のピアノ・ソナタ全集(全3巻)の第3巻「初期及び未完のソナタ集」に
収録されているそうです。


パウル・バドゥラ=スコダ補作完成のヘンレ版で聴く
シューベルトのピアノ・ソナタ第15番

(改めて、第1、第2楽章は先日シフの演奏で聴いた時のコピーになります)

第1楽章は318小節からなる大規模なソナタ形式だそうです。
オクターヴ・ユニゾンで始まる第1楽章。
色彩感豊かな雰囲気が漂っているようです。
第1主題の前半と後半の対比が印象的。
簡潔な第1主題の前半に対し
後半では力強いピアノの響きの重厚さ、そして動的なリズム。
第2主題になり柔和な趣に。
右手のソプラノと左手のバスの伴奏で美しい郷愁のような趣。
心惹かれる第2主題です。
この主題の調べに耳を傾けていると、いかにもシューベルト特有な趣を感じます。
展開部を経て奏される調べは幻想的、夢想的な
ピアノの自由な独り言のよう。
終わりは力強く奏された後に弱音で閉じられる第1楽章。

第2楽章は121小節からなり、極めて自由な構成で既存の形式を当てはめることが
できないそうです。
平野昭氏によると強いて形式原理を考えると「展開部を省略し、第1主題により
コーダを作った緩徐ソナタ形式が下敷きになっていると思われる」とのことです。

優しげに静かに始まる第2楽章。
内省的な印象を受ける主題。
楽章内で幾度か顔を見せるこの主題、聴くうちに親しみを抱きます。
第1の主題が終わりオクターヴ・ユニゾンで音量を強めて始まる次の主題。 
左手のバスは力強い歩みを刻むかのように。
右手のソプラノは愛らしげな趣を。
この楽章も第1楽章同様にオクターヴ・ユニゾンが効果的な演出をしているように感じられます。
コーダでは冒頭主題が弱音、強音が鮮明に対比、演奏され閉じられる曲。


第1楽章と同じようにオクターブ・ユニゾンでの始まる第3楽章。
素朴な雰囲気が漂っているように感じられます。
呈示が終わると一転して軽快な旋律に。
次第に音量を上げ力強く。
荒々しさを感じさせるような力強さ。
この力強さは精彩に富むようで印象的。
トリオでも主題はユニゾンでの始まり。
覇気のある旋律、激しさが支配しているよう。
一息入れるかのように速度を落として閉じられる第3楽章。

活気を感じさせる3連音符が駆け足で音階を踏み上がるように始まる第4楽章。
軽快なロンド主題。
リズミカルで活発さに溢れているよう。
第2主題になり華やかな趣に。
左手の力強さ。右手の華麗さ。
主題後半の第155小節からは変奏展開になっているとのこと。
次々と姿を現す力強さと華麗な旋律。
再度現れる主題の軽快な旋律。
活き活きとして華麗さに彩られた活気のある楽章でしょうか。
コーダの激しく高揚するような趣で力強い打鍵で迎える曲の終わり。

ショップの記事によるとこちらの全集は1927年10月6日にウィーンで誕生した
パウル・バドゥラ=スコダの90歳を記念し、1970年にRCAから発売された
シューベルトのピアノ・ソナタ全集が初CD化されての発売になるそうです。
1967年5月から1971年5月にかけてウィーン及びローマでの録音とのこと。


バドゥラ=スコダにより完成された第3、第4楽章を聴き
この曲に抱いてた印象がガラリと変わりました。

第3、4楽章での生き生きとした活気が漲る旋律。
屈託を感じさせない明朗な旋律。
印象に残るのは第3楽章のメヌエット主題の素朴な趣です。

バドゥラ=スコダの演奏に、これほどじっくりと耳を傾けたのは初めてのように
思います。
第1楽章冒頭のスコダの優しいピアノタッチも印象的ながら
克明なタッチが生み出す精彩、力強さには気迫を感じてしまいます。
全楽章を通し左手の伴奏も右手同様に克明な打鍵で音を刻み
曲に生き生きとした息吹を感じさせるようなピアニズムのように感じます。

先日、聴いたシフの演奏とは一味も二味も違うような
バドゥラ=スコダの精彩さ、スケールの大きさ、剛健な趣の
ソナタ第15番に出合ったような気がしています。

                 

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20:11  |  シューベルト  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2017.09/30(Sat)

Op.407 シューベルト:「ピアノ・ソナタ第15番≪レリーク≫」 by アンドラーシュ・シフ

前回、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番のオーケストラ版を聴き
ふと、シューベルトピアノ・ソナタを聴いてみたくなりました。
ベートーヴェンにしてもシューベルトにしてもピアノ・ソナタは疎遠、苦手なジャンル。
聴いてみると・・・気が付けば耳をそばだてていました。
初めて「聴く」に等しい曲、シューベルトピアノ・ソナタ第15番。
3人の演奏を聴き代表になってもらったのはシフです。

           シューベルトピアノ・ソナタ第15番「レリーク
       シフシューベルトピアノ・ソナタ全集、即興曲集他より


             407:シューベルト;ピアノ・ソナタ第15番 ソナタ全集 シフ
                         (収録曲)
                       シューベルト

              ピアノ・ソナタ第15番ハ長調D.840「レリーク
              ピアノ・ソナタ第16番イ短調D.845
              ピアノ・ソナタ第8番嬰へ短調D.571
                (録音:1993年ウィーン・コンツェルトハウス)


                第1楽章:Moderato ハ長調 4/4拍子
                第2楽章;Andante ハ短調 6/8拍子

作曲されたのは1825年4月だそうです。
シューベルト28歳頃でしょうか。
1825年にシューベルトはピアノ・ソナタイ短調D.845の第16番を作曲しているそうです。
第16番の作曲に着手されたのは5月に入ってから、と推定されているようで
完成は5月31日以前だったとのこと。
第16番の直前の4月に、この第15番に着手していたそうです。
最初の2つの楽章は完成し、第3、第4楽章は未完のまま放置されたそうです。
第3楽章のトリオ部は完成しているそうですが、メヌエット部は僅かなところで
筆が断たれているとのことです。
第4楽章は272小節以降が空白とのこと。
軽快で愉しいエピソードに溢れた楽章だそうです。

作曲の途中で放棄された理由については解明されていないとのこと。
この第15番の直後に作曲された第16番の筆頭主題の楽想は
第15番と本質的に同じ発想から生まれているとのことです。
平野昭氏の推測では第15番が未完のまま放棄された理由として
「どちらか1曲を犠牲にするという芸術家としての衝動が働き第15番を犠牲として
第1、第2楽章の未完のまま放棄された」と。

ソナタ第15番の「レリーク」は「聖遺物」と言う意味で
この呼称は1861年に初版が刊行された際、出版社が最後の作品と誤認し
付けられた名称だそうです。
曲は部分的には1859年2月10日にシューマンが1834年にライプツィヒで創刊した
「音楽新時報」で第2楽章だけが楽譜で紹介されているとのことです。

今日、この第15番はヘンレ社のピアノ・ソナタ全集(全3巻)の第3巻「初期及び未完のソナタ集」にパウル・パトゥラ・スコダが補作完成した形で収録されているそうです。


シフのピアノで聴くシューベルトのピアノ・ソナタ第15番

第1楽章は318小節からなる大規模なソナタ形式だそうです。

オクターヴ・ユニゾンで始まる第1楽章。
色彩感豊かな雰囲気が漂っているようです。
第1主題の前半と後半の対比が印象的。
簡潔な第1主題の前半に対し
後半では力強いピアノの響きの重厚さ、そして動的なリズム。
第2主題になり柔和な趣に。
右手のソプラノと左手のバスの伴奏で美しい郷愁のような趣。
心惹かれる第2主題です。
この主題の調べに耳を傾けていると、いかにもシューベルトらしい特有な(言葉として表現ができないのですが)趣を感じます。
展開部を経て奏される調べは幻想的、夢想的な
ピアノの自由な独り言のよう。
終わりは力強く奏された後に弱音で閉じられる第1楽章。

第2楽章は121小節からなり、極めて自由な構成で既存の形式を当てはめることが
できないそうです。
平野昭氏によると強いて形式原理を考えると「展開部を省略し、第1主題により
コーダを作った緩徐ソナタ形式が下敷きになっていると思われる」とのことです。

優しげに静かに始まる第2楽章。
内省的な印象を受ける主題。
楽章内で幾度か顔を見せるこの主題、聴くうちに親しみを抱きます。
第1の主題が終わりオクターヴ・ユニゾンで音量を強めて始まる次の主題。 
左手のバスは力強い歩みを刻むかのように。
右手のソプラノは愛らしげな趣を。
この楽章も第1楽章同様にオクターヴ・ユニゾンが効果的な演出をしているように感じられます。
コーダでは冒頭主題が弱音、強音が鮮明に対比、演奏され閉じられる曲。


このソナタ第15番をじっくりと聴くのは初めてであり
初めて聴く、と言った方が適切かもしれません。
今回聴いたシフの全集も眠っていることが多いまま年月が過ぎてしまいました。
嘗て聴いた時には心に残るものがなく素通りをしてしまった曲。
今回、じっくりと聴いてみると其処彼処にシューベルト特有の魅力が
散りばめられているのを感じます。

多用されているオクターヴ・ユニゾンがこの曲に
精彩で愉しげな雰囲気を醸し出しているように感じたりしています。

今回、第15番を手持ちのディスクで3種だけ聴いてみました。
一番先に聴いたのが「巨匠」と呼ばれる一人の某ピアニストの演奏。
良さも悪さも感じることができず・・・・この曲に好印象を抱くことができませんでした。
次に聴いたゼルキンとシフの演奏。
ゼルキンは自ら愉しんで弾いているかのような印象を受け
「微笑むソナタ第15番」のように感じられたり・・・安堵感を抱くホッとする演奏でしょうか。
そしてシフからは生真面目に曲に取り組み、少々、堅苦しさを感じてしまう
「端正なソナタ第15番」との印象を受けました。
後者の2人のピアニスト、それぞれ惹かれるものを感じています。

手持ちのディスクは未完の第2楽章までの演奏ですので
機会があれば補筆完成された演奏も聴いてみたいものです。

                   

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20:21  |  シューベルト  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06/04(Sat)

Op.338 シューベルト:「弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』」(弦楽合奏版) by バシュメット&モスクワ・ソロイスツ

前回に引き続きシューベルトの作品からの編曲版です。
今回はシューベルト弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」。
マーラー編曲弦楽合奏版です。
演奏はバシュメット指揮、モスクワ・ソロイスツ

死と乙女」はシューベルト弦楽四重奏曲の中でも苦手な作品の筈でしたが
当拙ブログを振り返ってみたところ弦楽四重奏第14番は弦楽合奏版を含め
すでに過去に2回も登場していました。
歌曲の「死と乙女」はほとんど聴くこともなく年月が過ぎている有様です。

       シューベルト弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」(弦楽合奏版
         ユーリ・バシュメット コンプリートRCAレコーディングスより


          338シューマン「おとぎの絵本」ユーリ・バシュメット/コンプリートRCAレコーディング
                         (収録曲)
 
   シューベルト (マーラー編):弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D .810「死と乙女
  ベートーヴェン(マーラー編):弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 O p.95「セリオーソ」

                    ユーリ・バシュメット指揮
                    モスクワ・ソロイスツ
                    (録音:1991年 ロンドン)

          第1楽章:アレグロ 二短調 4/4拍子
          第2楽章:アンダンテ・コン・モート ト短調 2/2拍子
          第3楽章:スケルツォ アレグロ・モルト二短調 3/4拍子
          第4楽章:プレスト二短調 6/8拍子


こちらのディスクに出合うことができたのは
いつもお邪魔をさせていただいているブログでベートーヴェン弦楽四重奏曲
第11番、弦楽合奏版の記事を拝読させていただいたお陰です。
弦楽合奏によるベートーヴェンの「セリオーソ」を是非とも聴きたくなり求めたBOX。
弦楽合奏版ベートーヴェン弦楽四重奏曲第11番との
カプリングでシューベルトの弦楽四重奏曲第14番が収録されていました。
一番初めに聴いたのがお目当てのベートーヴェン
次いでに(?)ベートーヴェンが終わり第1曲目に戻り聴き始たのがシューベルトです。
8枚組の中では最もお気に入りのディスクになっています。
とは言え、まだ全部を聴いていませんのでじっくりと聴いてゆきたいBOXです。
        

過去に綴ったことと重複する点もあるかと思いますが。
シューベルトの弦楽四重奏曲第14番の作曲時期については
自筆譜の一部分、第1楽章と第2楽章(第1-142小節)の一部しか
残されていないために不確実とのことですが
1824年3月に完成したとの説が有力とのことです。
前作、弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」に続いて作曲されたそうです。

シューベルトは生涯に15曲の弦楽四重奏曲を作曲したそうですが
大部分が少年時代に一家団欒で楽しむために書かれた作品とのことです。
演奏会などで演奏されるのはシューベルトが23歳の時に作曲した
弦楽四重奏曲第12番以降の作品が主になるとのこと。

この曲の第2楽章の変奏曲はハイドンの弦楽四重奏曲「皇帝」第2楽章とともに
変奏曲の規範とされているそうです。
第2楽章の結びの部分を聴いたリストは次のように讃嘆したとのこと。
「実際、まさにこのようにして乙女は天へ昇っていくのだ」

私的初演は1826年2月1日、ウィーンのヨーゼフ・バルト邸に於いて行われ
公開初演は1833年3月12日、ベルリンにてカール・モーザー四重奏団により
行われたそうです。


第1楽章は弦楽合奏での重々しく深刻な趣を感じさせる第1主題の呈示での始まり。
緊迫した旋律を経て現れる第2主題。
軽やかに美しさを感じさせる旋律。
原曲では第1、第2ヴァイオリンが奏するこの第2主題。
弦楽合奏版では深みのある豊かな響きが印象的です。
大らかな余裕すら感じさせられるようです。
展開部での優美な調べにも耳を奪われます。
緊迫感の漂うコーダになり速度を落とし弱音で静かに奏されつつ
楽章の終わりに。

続く第2楽章。
この楽章の主題になっているのがシューベルト20歳の時の作品
歌曲「死と乙女」の伴奏部、ピアノ前奏の8小節及び歌曲の第30-37小節
とのことです。
この主題と5つの変奏、コーダでの構成。
変奏のうちで心惹かれるのが第2、第4変奏です。 

暗澹と寂寥の雰囲気を漂わせつつ始まる第2楽章。
静かに且つ悠然と奏される調べ。
弦楽四重奏とはかなり違う印象として耳に響きます。
第1変奏はチェロのピッツィカートに乗り穏やかに奏される旋律。
第2変奏でチェロが奏する主題は哀愁の歌でしょうか。
心の琴線に触れる歌です。
第3変奏では趣が一転して激情の迸りを彷彿とさせる力強さも感じます。
第4変奏では対照的に柔和な雰囲気が漂う中で歌われる主題。
平穏で優しく夢見るような調べに寛ぎを覚えるようです。
第5変奏になり音力が上がり穏やかな趣から力強さに転じ。
コーダで穏やかさが戻り主題が静かにゆっくりと奏されつつ楽章の終りに。

生き生きと始まる第3楽章。
力強さ。漂う緊張感。 
一転してトリオでの抒情的な調べには郷愁を感じてしまいます。
心に残るトリオです。
勇壮で力強さと一抹の寂寥が漂う楽章でしょうか。

忙しげに始まる第4楽章。
全754小節とのことで終始生き生きと躍動するような趣。
主題が現れて見せる雄大な展開。
躍動するリズムと緊迫感に彩られた楽章でしょうか。
この楽章も弦楽四重奏で演奏されるよりも
弦楽合奏では聴いていて息が抜けず、釘付けになっていまいます。
弦楽合奏の魅力を感じる楽章。
この楽章の主題はベートーヴェンののヴァイオリン・ソナタ「クロイツェル」の
第4楽章の主題にとてもよく似ているとのことですが・・・・。


曲が終了しても感銘の余韻が残ります。
味わい深さを感じさせてくれる弦楽合奏版のように思います。
緊迫感と流麗さが調和した自然体の演奏のよう感じられます。
各楽器の音色から滲み出る温か味と柔和さ
息をつくことができないような緊迫したパートであっても
余裕をもって耳を傾けていられるようです。
端正で精緻、丁寧な造作を感じさせる演奏として心に残ります。
弦楽四重奏からは感じることのできない弦楽合奏故の音の豊さ
味わい深い響きも魅力的です。
こちらの演奏を聴き今まで縁の遠かった歌曲「死と乙女」を
改めて聴いてみたくなってきました。

こちらのBox を求めたお目当てのベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番。
演奏からはシューベルトと同様のものを感じ好感を抱いています。
バシュメット指揮のモスクワ・ソロイスツの演奏はお気に入りになりました。
続けて何回も繰り返し聴き・・・尚、且つ、飽きることなく耳を傾けてしまいます。
じっくりと耳を傾けたくなる演奏、とでも言うのでしょうか。

尚、こちらのBOXに収録されているチャイコフスキーの「弦楽セレナード」。
今まで聴いてきた演奏よりも一味も二味も違うアンサンブルの精緻さ。
感嘆の想いを抱くとともに、もう一つのチャイコフスキーの「弦楽セレナード」に
出合うことができたような喜びも感じています。

                   

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タグ : シューベルト 弦楽四重奏曲 死と乙女 マーラー編曲 弦楽合奏版 ベートーヴェン バシュメット モスクワ・ソロイスツ

20:04  |  シューベルト  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05/28(Sat)

Op.337 シューベルト:「魔王」2種(歌曲;ヴァイオリンとヴィオラ版) by ディースカウ;バエーヴァ&バシュメット

毎年、5月を迎えると旅立たれたディースカウに想いを馳せてしまいます。
2012年5月18日。今年で4年目になるのでしょうか。
今、気が付いたのですが誕生は1925年5月28日。
偶然にも今日はディースカウの誕生日なのですね。

シューベルトの「魔王」を2種、聴いてみました。
最初にディースカウ&ムーア。
次にC.G.ヴォルフ編曲のヴァイオリンとヴィオラ版。
ヴァイオリンがアレーナ・バエーヴァ、ヴィオラはユーリ・バシュメットです。

     337シューベルト「魔王」Erlkönig Carl Gottlieb Peschel 1840 Goethe
         ゲーテ「魔王」の挿絵(モーリッツ・フォン・シュヴィント作)


作曲は1815年、シューベルト18歳の時だそうです。
詩はゲーテ。
ト短調 4/4拍子 速く。通作形式

        337シューベルト「魔王」
                    「魔王」の第3版 自筆譜 


シューベルトの友人シュパウンはシューベルトがゲーテの詩に付曲をする時の様子を次のように記述をしているそうです。
「1815年12月のある午後、その頃ヒンメルプフォルトグルントに父親と一緒に暮らしていたシューベルトを訪れたが、彼はゲーテの詩『魔王』を大声をあげて読んでいた。
彼は本を片手に何回か部屋の中を歩き回っていたが、そのうち、急に腰をおろして恐ろしい速度でこの曲を紙の上に書き記した。」

シューベルトは「魔王」を3回改稿し
6年後の1821年4月2日に第4版を 作品1 として出版したそうです。
出版が遅れた理由は伴奏の演奏が難しいとされた、と言われているとのこと。
歌手にとっても、ピアノ伴奏者にとっても演奏が極めて困難な曲だそうです。

             337シューベルト「魔王」魔王の像ドイツ、イェーナ
                  魔王の像 ドイツ イェーナ

「魔王」の話はデンマークの Elveskud と呼ばれる伝説に基づいているそうです。
ゲーテの詩の元になっているのはヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
1778年に出版した『歌の中の人々の声:Stimmen der Völker in Liedern』という
民謡を集めた本にこの伝説によって書かれたデンマークのバラードを
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘:Erlkönigs Tochter』として収録されて
いるとのことです。
尚、ヘルダーの作品は結婚式を控えた男を魔王の娘が襲うという内容とのことです。

公開初演は1821年3月7日、ケルントナートーア劇場に於いて
シューベルトの友人、ヨハン・ミヒャエル・フォーグルの独唱により行われたそうです。
友人でウィーン宮廷オペラ支配人モーりッツ・フォン・ディートリヒシュタイン伯爵に献呈されたとのこと。


                 シューベルト:「魔王」 D.328d
                          by
                     D.F=ディースカウ
       

               シューベルト歌曲全集byディスカウ

                   D.F=ディースカウ(Br)  
                   ジェラルド・ムーア(P)  
                    (録音:1960年代)

一人の歌手が曲の登場人物、語り手、父親、その子供、魔王 の4人を
歌い分けるという難技を求められるこの曲であっても
ディースカウの歌唱を聴いていると難曲ということを忘れ去ってしまいます。
劇的な内容、切迫感、緊張の連続で・・・少々、苦手な歌曲でしたが
今回、じっくり耳を傾けているうちに惹かれる曲になりました。

曲の始まりのピアノの三連音から醸し出される不気味な雰囲気。
語りで始まる第1節。客観的に状況を描写するかのように歌うディスカウ。
第2節で子供の不安そうな様子を案じる父親の言葉。
父親に答える子供の不安を帯びた言葉。
子供の不安を払拭するかのように発せられる父親の言葉を
音程を低くし力強さを感じさせるように歌い上げるディースカウ。
第3節で登場する魔王は子供に優しく甘い誘惑の言葉を歌うディースカウの
歌唱はいつも聴き慣れた歌声で。
詩の内容とは裏腹にピアノの軽快な趣にホッとする気分にも。
第4節で話しかける魔王を父親に不安そうに訴える子供。
第5節でまた子供に優しく囁きかける魔王。
第6節目になり子供の声は不安が高じるかのように大きくなり
不安がる子供を安心させようとする父親の言葉の力強い響き。
第7節、魔王は殊更に優しく甘く話しかけるが子供の恐怖心は高まる一方。
第8節の語りは始めの第1節とは対照的に激情が込められているようです。
最後の一行 “In seinen Armen das Kind war tot” では
時が止まるかのように旋律も止まり曲の終わりに。
(歌を聴きつつ書いていたら音楽の実況中継?のようになてしまいました)

今まで、聴く機会の多かった「魔王」。
今回は何時になく、じっくり、じっくり、と耳を傾けてみました。
4人の登場人物を声色や言葉のニュアンスで感情豊かに表現し
各々の場面を実際に見ているような錯覚を起こしてしまうほどです。

常々、ディースカウの歌唱には表現力の豊さを感じていたものの
この曲を聴きこれ以上の歌唱で聴かせてくれる歌手が思い当たらないほどです。
ディースカウの歌唱ばかりに神経が行ってしまい
ムーアのピアノが疎かになってしまいました。
父親と子供の場面では緊張感溢れる伴奏が
第3節、第5節での魔王の登場ではリズミカルな伴奏になり印象的でした。


     シューベルト:「魔王」 ヴァイオリンとヴィオラ版(C.G.ヴォルフ編曲
                          by
                バシュメット&モスクワ・ソロイスツ

               337:魔王(ヴァイオリンとヴィオラ版)バシュメット&モスクワ・ソロイスツ
                       (収録曲)
                      シューベルト
           弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D.810『死と乙女』
                (弦楽合奏版 G.マーラー編曲
           魔王 D.328
                (ヴァイオリンとヴィオラ版 C.G.ヴォルフ編曲
           アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
                (ヴィオラと弦楽合奏版 H.クルーク編曲

                  アレーナ・バエーヴァ(Vn)
                  ユーリ・バシュメット(Vla)
              (録音:2012年6月21-24日 モスクワ 
                         モスフィルム・スタジオ)

こちらのディスクは目下お気に入りになっている演奏ばかりです。
「魔王」はC.G.ヴォルフ編曲のヴァイオリンとヴィオラ版とのことです。
ヴァイオリンは子供、ヴィオラが父親でしょうか。
歌曲のように言葉がなくても曲に漂う緊迫感はひしひしと伝わってくるようです。
歌曲で聴くよりもこの編曲では旋律の美しさに気付かされます。
個人的な好みとしてはこちらの編曲の方が気に入ってます。
魔王が話す場面では殊更に美しい調べとして耳に響いてきます。
今までヴィオラにはあまり神経を向けていなかったのですが
この演奏を聴きヴィオラの音色にも惹かれるものを感じてきました。
また、ユーリ・バシュメットにも。

尚、こちらのディスクの1曲目に収録されている弦楽四重奏曲「死と乙女」の
マーラー編曲の弦楽合奏版には圧倒されるものを感じました。
このディスクを求めたお目当ては「アルペジョーネ・ソナタ」。
編曲者ハインリヒ・クルークはミュンヘン・フィルの首席チェロ奏者だそうです。
兼ねてからのお気に入りの「アルペジョーネ・ソナタ」ですが
ヴィオラと弦楽合奏用に編曲された演奏を聴き
哀愁の色彩が濃い「アルペジョーネ・ソナタ」のように感じました。
こちらの演奏もまたお気に入りになっています。
「魔王」から逸れてしまいました。

2種の「魔王」を聴き、どちらも素晴らしい「魔王」と感じ入っています。

     2016 317ライン イラスト

                  魔王:Erkönig D.328
                   (詩:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)

        こんな夜更けに闇と風の中、馬を走らせるのは誰か?
        それは子供を抱えた父親。
        彼はその子を腕に抱き、
        しっかりと抱えて、温かく包んでいる。  

        「息子よ、何故そんなに怖がって顔を隠すんだ?」
        「父さん、見えないの、魔王のいるのが?
         冠をかぶり、裾をなびかせている魔王の姿が?」
        「息子よ、あれは霧がたなびいているんだよ。」       

        「可愛らしい子よ、おいで、一緒に行こう!
        とても面白い遊びを一緒にしようじゃないか。
        たくさんのきれいな花が岸には咲いているし、
        わたしの母さんがたくさんの金色の服を持ってるよ。」

         「父さん、父さん、聞こえないの、
         魔王が僕にそっと話かけてきてるのが?」
         「落ち着いて、心配するんじゃないよ、息子よ
         枯れ葉が風にざわめいているだけだから。」

         「ねぇ、可愛い子、一緒に行かないかい?
        わたしの娘たちもおまえを待っていてくれている。
         娘たちはおまえを夜のダンスへよ連れて行き、
        揺らしたり踊ったり歌ったりしてくれる。」

        「父さん、父さん、あそこに見えないの、
         暗い所に魔王の娘たちがいるのが?」
        「息子よ、息子よ、良く見えているよ、
        古い柳の木が暗くてそう見えるんだ。」

        「おまえが大好きだ、その美しい姿にそそられる、
        そのつもりが無いのなら、力ずくで連れて行くぞ。」
        「父さん、父さん、魔王が僕をつかんだよ!
        魔王が僕にひどいことをしたんだよ!」

        父親はぞっとして、馬を急ぎ走らせる。
        うめく子供を腕に抱え、
        屋敷へやっとの思いでたどり着く。
        その腕の中で子供は息絶えていた。
                                       (訳:若林氏)

       (原詩引用)
       Wer reitet so spat durch Nacht und Wind?
       Es ist der Vater mit seinem Kind;
       Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
       Er fast ihn sicher, er hält ihn warm.

       Mein Sohn, was bringst du so bang dein Gesicht?
       Siehst Vater, du den Erkönig nicht?
       Den Erlenkönig mit Kron und Schweif?
       Mein Sohn, es ist Nebelstreif.

       Du liebes Kind, komm, geh' mit mir!
       Gar schöne Spiele spiel ich mit dir;
       Manch' bunte Blumen sind an dem Strand,
       Meine Mutter hat manch' gülden Gewand.

       Mein Vater, mein Vater, und hörest du nicht,
       Was Erlenkönig mir leise verspricht?
       Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind;、
       In dürren Blättern säuselt der Wind.

       Willst feiner Knabe, du mit gehn?
       Meine Töchter sollen dich warten schön;
       Meine Töchter führen den nächtlichen Reih'n.
       Und wiegen und tanzen und singen dich ein.

       Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort
       Erlkönigs Töchter am düstern Ort?
       Mein Sohn, mein Sohn, ich seh' es genau:
       Es scheinen die alten Weiden so grau.

       Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt;
       Und bist du nicht willig, so brauch' ich Gewalt.
       Mein Vater, mein Vater, jetzt faßt er mich an!
       Erlkönig hat mir ein Leids getan!

       Dem Vater grauset's, er reitet geschwind,
       Er hält in Armen das ächzende Kind,
       Erreicht den Hof mit Müh' und Not;
       In seinen Armen das Kind war tot.


                  

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2016.04/09(Sat)

Op.330 シューベルト:「美しき水車小屋の娘」 by ジェラール・スゼー&ボールドウィン

先日、フォーレの「夢のあとに」をジェラール・スゼーの歌で聴いたのが契機となり
スゼーの歌唱と声質の虜になってしまったようです。
スゼーによるシューベルト歌曲集美しき水車小屋の娘」のディスクが
目に付きましたので求めてみました。
2枚組でCD1 が「美しき水車小屋の娘
CD2 にはシューベルトの歌曲が収録されています。

シューベルトの三大歌曲集で一番のお気に入りの「水車小屋」。
お気に入りの作品や演奏家になると幾度も当拙ブログに登場するようになってきました。
「水車小屋の娘」は既に3回も登場していました。
今回はスゼーの歌声で。
第1曲の「さすらい」が流れ出した途端に惹き込まれてしまう魅力ある「水車小屋」です。


             シューベルト歌曲集美しき水車小屋の娘
          ジェラール・スゼー~Schubert: Favourite Liederより


             330「水車小屋」Schubert: Favourite Lieder

                   ジェラール・スゼー(Br)
                   ダルトン・ボールドウィン(P)
                     (録音;1964年6月)


1823年5月から11月の間に作曲されたそうです。
ドイツの詩人ミューラーの「ワルトホルン吹きの遺稿からの詩集」に
付曲をされた20曲からなる歌曲集

             330「水車小屋の娘」
               Johann Ludwig Wilhelm Müller
              (1794年10月7日-1827年10月1日)

ミューラーはベルリン大学で言語学を学んだ詩人で
ギムナジウムの教師などをしていたそうです、
後期ロマン派の詩人の中では最も人気があり
素朴で清新な叙情味のある詩の作風は大衆に喜ばれたとのことです。
「ワルトホルン吹きの遺稿からの詩集」はミューラーの代表作の一つで
1821年に出版されたそうです。

シューベルト詩集のプロローグとエピローグを省略し3つの詩を
取り入れずに付曲をしたそうです。
題名と歌詞のごく一部に変更を行ったほかは大きな改変はないとのことです。

ミューラー詩集への作曲に際しては次のようなエピソードがあるそうです。
曲集が書かれた年の5月頃にシューベルトは友人でオーストリアの
テノール歌手、作曲家のラントハルティンガー(1802-1893)を訪問したそうです。
友人が帰宅するのを待つ間に机の上に置いてあった一冊の詩集を開いたとのこと。
それがミューラーの「ワルトホルン吹きの遺稿からの詩集」。
シューベルトは興味を抱き友人が帰るのを待たず無断で詩集を借りて帰ったそうです。
翌日、ラントハルティンガーがシューベルトを訪ねると詩集の中の3つが
既に作曲されていたそうです。
シューベルトは無断の借用を詫び、出来上がった歌を歌ってみせたとのこと。
このエピソードはラントハルティンガーにより伝えられているそうです。

詩集への付曲は一時中断されたそうです。
歌劇「フィエラブラス」の作曲、その頃から顕著になってきた慢性病にて
入院するという事情があったとのこと。
全曲の完成は秋の終わり頃になったそうです。
完成された正確な日付けとしては第15曲「妬みと誇り」に
1823年10月と記されているのみとのことです。

曲集はアマチュアテノール歌手の友人カール・フォン・シェーンシュタインに
捧げられたそうです。


曲集第1曲の「さすらい」が流れ出すといつも気持ちが晴々とするものを感じます。
スゼーの歌唱でも、また 然り です。

この曲集のほとんどの曲が気に入っています。
特に気に入っているものだけの感想になりますが以下に。

第1曲「さすらい」では人生の旅に出る若者が希望に胸を膨らませている心情を
弾むように歌うスゼー。
詩の終節の「さすらいは私の楽しみ・・・」という個所では希望の中に
一抹の不安を抱いているような心情も伝わるスゼーの歌唱に感じます。

第2曲「どこへ」:「小川よ、どこへ行くのか話しておくれ」の歌詞では
若者が小川に問いかけ、語りかける情景が鮮明に眼に浮かぶようです。
小川に沿って旅を続ける若者の心情を美しく、時には囁きかけるように
そっと歌い上げるスゼー。

第4曲「小川への感謝」:見つけた水車小屋で見習いをすることを決心した若者。
柔和な穏やかさで小川に感謝の気持ちを歌い上げるスゼーの歌唱を耳に
この曲集中では昔から一番のお気に入りの一曲でしたが
より一層、この曲が好きになりました。

第6曲「うたがい」:この曲も嘗てからのお気に入りです。
静かに抒情的に歌い上げるスゼー。
「愛する小川よ、私の知りたいのは、たっと一言なのに、なぜ今日は黙っているのだ。
愛するl小川よ、どうしてお前はそんなに変わってしまったのだ」の歌詞では
抒情的な調べから若者の心の影が伝わってくるようです。

第8曲「朝の挨拶」:素朴に語りかけるように、しっとりと歌われ印象深く残ります。

第12曲「休み」:明るかった若者の心に射す翳。
「竪琴を壁に掛け、緑のリボンを結んだ。胸はいっぱいでもう歌えないし、
どう詩を作ってよいのか分からない」と歌うスゼー。
暗鬱で悲しみが滲み出るようです。聴いていて胸を突かれます。

第13曲「緑のリボンで」:昔々、初めてこの曲集を聴いた時から親しみを感じた曲。
「きれいな緑のリボン。壁に掛けたまま色が褪せてしまうのは惜しい。
『緑は私の好きな色』と恋人が言った。
すぐほどいてお前に上げよう。さあお前の好きな緑だよ」
明るく生き生きと歌い上げるスゼー。

第16曲「好きな色」:悲哀に包まれた若者の悲しみに包まれた心情。
「緑の芝草のなかに私を埋めておくれ。恋人は緑が好きだから。
黒い十字架も、色とりどりの花もいらない。ただ緑一色で彩っておくれ。
恋人は緑が好きだから・・・」
スゼーの歌唱から若者の悲痛な気持ちがひしひしと伝わってきます。

第20曲「小川の子守歌」:今回、スゼーの歌唱で聴き気に入った曲です。
「憩え、目を閉じて。疲れた旅人よ。お前は今、家に帰ったのだ。
ここには真実がある。小川が海に流れ込む日まで、私の側でお休み。
おやすみ。
すべてが目の覚めるまでに、喜びも悲しみも眠りの中で忘れておしまい。
満月は昇り、霧は晴れ、それは何と高く広いことだろう。」 
穏やかにしみじみと歌われるスゼーの歌唱と歌詞が心に染み入ります。

    
この歌曲集を初めて聴いたのはLP時代の遠い昔。ディースカウでした。
長年、「水車小屋」を聴く時の定番ディスクも主にディースカウでした。
他にはプライやヴンダーリヒ、シュライアーも印象深く心に残りお気に入りです。
スゼーの歌で聴き、ディースカウの歌唱と重なり合うようです。
発音がディースカウのように鮮明なことに好感を抱きました。
曲集の素朴さ、抒情性はスゼーの歌唱でより一層、曲が生かされ
親しみ深く心に響くようです。

微妙なニュアンス、繊細な歌い回し。
言葉の一つ一つを慈しみつつ音に変化させ
単語の持つ意味だけに留まらず心が伝わってくるようです。
そしてスゼーの恵まれた声質。
「美しい水車小屋の娘」の素晴らしさを再認識することができたように思います。
スゼーの歌声に出合うことができたことに感謝です。

                    

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

タグ : シューベルト 歌曲集 美しき水車小屋の娘 スゼー ボールドウィン ミューラー 詩集

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