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2017.10/07(Sat)

Op.408 ドヴォルザーク:「交響曲第9番≪新世界より≫」 by カイルベルト&バンベルク交響楽団

いろいろな意味で記憶に残るドヴォルザーク交響曲第9番新世界より」。
お気に入りの交響曲です。
好きな割合には、お気に入りの演奏が想い付きません。
と言うか、どの演奏を聴いてもこの曲には惹かれるものがあります。
特に第4楽章。

初めて求めたCDが「新世界」。カプリングはシューベルトの「未完成」でした。
カラヤン&ベルリン・フィルの演奏です。
LPからCD時代に変わる頃から多々の事情にて音楽を聴く時間、心の余裕もなく
今想うと人生の暗黒時代(?)のようなドタバタ生活。
やっと1990年代初頭に初めてCDを購入するという音楽愛好家の一人としては
10年近く遅れて初めてのCD購入の幕開けになった「新世界より」でした。

最近、良く聴いているカイルベルトのBoxに「「新世界より」が収録されており
聴く前から演奏を想像して期待満々で耳を傾けてみました。
カイルベルトバンベルク交響楽団の演奏です。
期待以上の演奏でした。

              ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界」
                 カイルベルト・コレクションより

           392ブルックナー:交響曲第6番カイルベルト&ベルリン・フィル ヨーゼフ・カイルベルト・コレクション
                        (収録曲)

                     ドヴォルザーク
             交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より
             序曲「謝肉祭」 Op.92
                     レーガー
             バレエ組曲 Op.130

                 ヨーゼフ・カイルベルト指揮
                 バンベルク交響楽団
                     (録音:1961年)

            第1楽章:Adagio – Allegro molto ホ短調 4/8拍子
            第2楽章:Largo 変ニ長調 4/4拍子
            第3楽章:Scherzo. Molto vivace ホ短調 3/4拍子
            第4楽章:Allegro con fuoco ホ短調 4 /4拍子


作曲は1893年1月10日に着手し5月24日に完成したそうです。
副題の「新世界より」は、曲の初演を指揮したアントン・ザイドルの示唆により
ドヴォルザークが与えた、と言われているとのことです。
曲の中で使われている黒人霊歌やアメリカ・インディアンの民謡を想わせる旋律は
ドヴォルザークがそれらを自分流に充分に咀嚼して用いたとのこと。

ドボルザークは次のように語っているそうです。
「わたしがこの曲にアメリカ・インディアンや黒人霊歌の旋律を原曲のまま用いているというのはナンセンスである。
わたしはこうした旋律の精神を生かして、国民的なものを書こうとしただけである。」
曲の材料はアメリカから得たものの、曲の支柱となっているのはあくまでもボヘミアの精神。
ドヴォルザークはこの曲をアメリカから故郷のボヘミアに送る音楽による望郷の手紙のようなもの、として作曲されたそうです。

         (wikiドイツ)408ドヴォルザーク:交響曲第9番 Titelblatt der Partitur von Dvořáks 9. Sinfonie
         ドヴォルザーク 交響曲第9番 自筆譜のタイトルページ

アメリカ滞在中のドヴォルザークの大作が交響曲「新世界より」。
その後に弦楽四重奏曲作品96「アメリカ」、弦楽五重奏曲作品97
そしてチェロ協奏曲が続くそうです。
チェロ協奏曲はチェコに戻ってから完成したとのこと。

作曲をする前年、1892年9月15日にドヴォルザークは故国チェコを旅立ち
9月26日にニューヨークに到着したそうです。
ニューヨークのジャネット・サーバー夫人から彼女が1885年以来経営してきた
ナショナル音楽院の院長になって欲しいと丁重な依頼状が1891年春にドヴォルザークの元に届いたそうです。
ドヴォルザークは当時プラハ音楽院の作曲家の教授として就任したばかりの折りであり郷里ボヘミアの自然を深く愛していたドヴォルザークは2年間半も祖国を離れて暮らすという気にはなれなかったそうです。
が、再三のサーバー夫人からの要請にて故国を暫くの間、後にする決心をしたとのことです。
ドヴォルザークは2年間の休暇を取り、愛妻と6人の子供ののうちの2人、長女のオティリエと長男のアントンを伴いアメリカへと旅立ったそうです。
因みに長女オティリエは後にドヴォルザークの弟子のスークと結婚をし、チェコのヴァイオリニスト、ヨーゼフ・スークはオティリエの孫になるとのこと。

初演は1893年12月158日にカーネギー・ホールに於いてアントン・ザイドル指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック協会演奏会に於いて行われたそうです。
この初演はドヴォルザークがこれまで経験したことのないほどの
また、カーネギー・ホールでも類例を見ないほどの大成功を収めたとのことです。
因みに指揮のザイドルはドイツでワーグナーの助手を務めていたことがあるとのこと。

出版は1894年にベルリンの出版商ジムロックから初めて出版。
楽譜の出版ではドヴォルザークがアメリカに滞在していたためブラームスが校正を
引き受けるという友情物語も生まれたそうです。

少々長い寄り道になりますが、第2楽章と第3楽章についてのメモを。
この2つの楽章の元になっているのはアメリカ合衆国の詩人
ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー(1807-1882年)が1855年に
発表した叙事詩「ハイアワサの歌」だそうです。
この叙事詩はインディアンの英雄を謳った英雄譚とのこと。

             408:ドヴォルザーク「新世界より」ハイアワサの歌
                  ハイワサとミネハハの彫刻
             (ミネソタ州 ミネアポリス ミネハハ滝近く)

ミネハハ(Minnehaha)は架空のネイティブアメリカンで、ロングフェローの「ハイアワサの歌」の中にも書かれているそうです。
ミネハハは主役のハイアワサ(Hiawatha)の恋人で悲惨な終末を迎えるとのことです。
彼女の姿は、絵画、彫刻、音楽などの芸術作品に影響を与えたそうです。
このミネハハの死のシーンをドヴォルザークは「新世界より」の第2楽章に。
第3楽章には「ハイアワサの歌」の結婚の祭典でインディアンたちが踊っているシーン
が元になっているそうです。


カイルベルト&バンベルク交響楽団で聴くドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」

静かに荘重な趣で奏されるチェロの序奏で始まる第1楽章。
木管楽器も加わり盛り上がる旋律。
低弦の重厚な響きに加わるティンパニの力強さ。
ホルンが吹奏し始まる第1主題
耳に馴染んだ力強いシンコペーション・リズムの躍動感のある印象的な主題。 
第2主題になり木管が奏する哀愁の調べ。
第1主題の活躍の影になるかのように楽章中に時々現れ印象的です。
力強い気迫が弱まることなく閉じられる第1楽章。

第2楽章、前述したことと重複しますが「ハイワサの歌」のミネハハの死の
シーンから受けた暗示により書かれたそうです。。
また主題にはドヴォルザークの弟子フィッシャーが“Goin'home” という
英語の歌詞を付け1922年に歌曲として発表したものが「家路」として日本にも伝播し
誰もが知る有名な旋律ですね。

管楽器が静かに吹奏される序奏で始まる第2楽章。
続いて馴染み深い有名な旋律を奏するイングリッシュ・ホルン。
イングリッシュ・ホルンの素朴な響き、調べにも魅了されます。
情感を込めて奏されるイングリッシュ・ホルンが歌うこの調べは
万人の心に染み入るような不思議な力を持つ旋律でしょうか。
木管たちが紡ぎ出す新しい旋律も郷愁の趣で。
弦の小刻みな伴奏に歌うオーボエ、木管たちに歌い紡がれ。
ゆったりと長閑に、郷愁の調べに心惹かれていると楽章は中間部に。
中間部で速度が少し上がり愛らしく、茶目っ気を感じさせるようなクラリネットの響きは
一抹の光明のようにも。
トゥッティになり盛り上がった後、再びイングリッシュ・ホルンが奏する冒頭の旋律。
オーケストラも一体となり静かに奏され、名残惜しむかのように閉じられる第2楽章。

第3楽章、「ハイアワサの歌」の結婚の祭典のシーンから受けたインスピレーションにより書かれたそうです。

華やかで活気のある短い序奏で始まる第3楽章。
主題を奏する重厚な響きに続き
舞曲を想わせるような雰囲気と躍動的感のある旋律。
木管が奏する哀愁を帯びた旋律も顔を見せ。
第1楽章の力強い旋律が現れ
中間部で活躍する木管たち。
コーダでは再び第1楽章の旋律が現れ、高揚し盛り上がりのうちに
閉じられる第3楽章。

蓄えられたエネルギーが徐々に発散されるような序奏で始まる第4楽章。
先行する序奏が終わり第1主題に。
トランペットが力強く壮大に奏される第1主題。
オーケストラも切れ味良く奏する旋律。
ティンパニも加わり力動的な雰囲気に。
第2主題になりクラリネットが奏する優美な歌。
再びオーケストラの力強い響き。
曲のこの部分に来ると、心を震撼させられます。
展開部では今まで登場した楽章の主題が総出に。
各楽章の主題が次々と現れ、楽想の豊かさに改めて気付かされます。
壮大にオーケストラが奏された後、管楽器が和音を尾を引くよう静かに奏して
迎える曲の終わり。


壮大で気迫を感じさせる演奏のなかにも情感が豊かに漂っているようです。
第4楽章はいつ聴いても感動、感動の渦になってしまいます。

バンベルク交響楽団は第2次大戦後、1949年(或いは50年)にチェコスロヴァキアを
脱出したドイツ・フィルハーモ二ーの団員を主体に結成された楽団とのことで
カイルベルトが首席指揮者として就任したそうです。
カイルベルト&バンベルク交響楽団は来日をしたこともあったそうですが。
今までバンベルク交響楽団はあまり聴くことがありませんでしたが
「新世界より」を聴きカイルベルトの良きパートナー的交響楽団のように感じられ
固唾を呑み演奏に聴き入ってしまいました。

折に触れ、時に触れ耳にしてきた「新世界より」ですが心に残る演奏になりました。
「新世界より」の愛聴盤は特になかったのですが
やっと愛聴盤と呼べるディスク、演奏に出合うことができたように想います。

                   

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2017.03/25(Sat)

Op.380 ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」 by ボザール・トリオ

3月も末日。年度替わりの時期。
例年は 他人事 でしたが今年は、そうも行かなくなりました。
4月からの新年度を目前に気忙しさだけが先立っています。

しばしば耳にする曲名、ドヴォルザークピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」。
お気に入りの Box から今回もボザール・トリオの演奏です。
この曲は1969年と1985年の2種の録音が収録されているようですが
1969年の録音の方を聴いてみました。

            ドヴォルザークピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー
              ボザール・トリオ~フリップス録音全集より


               380:ドヴォルザークピアノ三重奏曲 ボザール・トリオ
                         (収録曲)

         ドヴォルザークピアノ三重奏曲第3番 へ短調 Op.65
                   ピアノ三重奏曲第4番 ホ短調 「ドゥムキー」 Op.90

                      ボザール・トリオ
                   メヘナム・プレスラー(P)
                   イシドア・コーエン(Vn)
                   バーナード・グリーンハウス(Vc)
                       (録音:1969年)

    第1楽章:Lento maestoso - Allegro quasi doppio movimento-
           Lento maestoso - Allegro ホ短調 6/8拍子
    第2楽章:.Poco adagio - Vivace non troppo - Poco adagio - Vivace
           嬰ハ短調 4/8拍子
    第3楽章:Andante - Vivace non troppo - Andante - Allegretto
          イ長調 4/4拍子
    第4楽章:Andante moderato,quasi tempo di marcia -
          Allegretto scherzando - Meno mosso - Allegro - Moderato
          ニ短調 2/4拍子
    第5楽章:Allegro 変ホ長調 6/8拍子
    第6楽章:.Lento maestoso - Vivace - Lento - Vivace ハ短調 4/8拍子
              (ブックレット記載の速度記号を参照)

作曲に着手したのは1890年11月。翌1891年2月12日に完成したそうです。
ドヴォルザークピアノ三重奏曲を6曲書いたそうですが
そのうち2曲は失われたとのことです。
この第4番「ドゥムキー」はピアノ三重奏曲として作曲された6曲目の
最終作になるそうです。

ドヴォルザークの最盛期は1892年にアメリアに渡る直前の4、5年間で
40歳代半ばから50歳頃にかけてだったそうですのでこの曲は
ドヴォルザークの最盛期の作品ということに。

ドヴォルザークが作曲し完成された形で現存する多楽章の室内楽は
32曲あるそうです。
それらの作品の中で最もユニークな傑作とのこと。

曲名の「ドゥムキー:dumky」は本来ウクライナのバンドゥラやゴブザなどの
民族楽器の伴奏を持ったバラード風の民謡形式『ドゥムカ:dumuka』の
複数形だそうです。
“dumuka”はチェコ語で「回想」「瞑想」を意味するとのことです。
ドヴォルザークはこの民謡形式に厳密に従ったドゥムカを書いたことは
なかったとのことです。

初演は1891年4月11日にプラハの市民クラブ会館における記念の夕べで
ヴァイオリン、フェルディナント・ラフナー、チェロがハヌシュ・ヴィハン
ピアノがドヴォルザーク自身の演奏で行われたそうです。
彼らはプラハ音楽院の教授仲間とのこと。


第1楽章は対照的な2つの部分が交互に現れる2部形式とのことです。
ピアノとヴァイオリンで華やかに始まる第1楽章。
主題は「悩みと憧れ」とのこと。
ヴァイオリンは翳りを感じさせる雰囲気の調べ。
ピアノが加わり相変わらず憂愁の調べを歌うヴァイオリン。
一転して始めの明るい雰囲気が再び。
明るく軽快に奏されるピアノと弦楽器。
弾むような明るいリズムで奏されるピアノとヴァイオリン。
チェロもヴァオリンに呼応をして。
力強くなり主奏をするチェロ。
ピアノの美しい弱音にのりヴァイオリンが奏する歌。
呼吸を合わせるヴァイオリン、ピアノ、チェロが明朗に。
3つの楽器で明るくリズミカルに閉じられる第1楽章。
この楽章の明るさには一緒に口ずさみたくなる親しみを感じます。

第1楽章同様に対照的な部分が交互に現れる2部形式とのこと。
ピアノがゆっくりと奏され始まる第2楽章。
加わるチェロ。チェロの調べは「ドゥムカ」そのものの雰囲気に感じられます。
哀愁の趣も漂っているように。
ヴァイオリンはそっと寄り添っているよう。
主奏はピアノに移り右手が郷愁を感じさせるような懐かしさを感じさせる調べ
左手は静かな伴奏を。
チェロが現れ主奏を。ピアノとヴァイオリンが寄り添うように伴奏を。
チェロの調べも郷愁、哀愁のような趣。ピアノもまた。
一転してヴァイオリンが明るく奏されピアノも弾むようなリズムを。
チェロも加わり舞踏風に奏される3つの楽器たち。
速度、音量を上げ陽気で情熱的な雰囲気に。
主奏のヴァイオリンの明るく速いリズム。
ピアノは素早い動き。チェロはピツィカートで。
ピアノだけの主奏からチェロのゆっくりとした主奏に。
3つの楽器たちはそれぞれも想いを囁くかのよう。
瞑想的な雰囲気。
ヴァイオリンが奏する歌が印象的。
ピアノはアルペッジョのように、チェロは同一音を奏し。
主奏がピアノに替わり続く瞑想的な雰囲気。
終わりは陽気に。

ピアノの抒情的な旋律で始まる第3楽章。
すぐにヴァイオリン、チェロも加わり
静かにゆっくりとピアノが独り言のように。
チェロ、ピアノ、そしてヴァイオリンと続き
再びピアノの主奏で瞑想的な調べを。
ヴァイオリンが歌い、チェロも歌い、2つの楽器に寄り添うピアノ。
瞑想的な雰囲気から活発な雰囲気に。
曲の終わり頃から再び抒情的な雰囲気を醸し出すヴァイオリンとチェロ。
次第に音域を低くし重厚な雰囲気
静かに終わる第3楽章。

ピアノで始まる第4楽章。
ヴァイオリンとチェロが奏する郷愁の感じられる主題。
ヴァイオリンとチェロを伴奏として躍動的に奏されるピアノ。
ヴァイオリンの主奏を経て主奏はチェロに。
ピアノとヴァイオリンが切れの良いリズムを。
まるで歩みを感じさせるようなリズム。
一瞬舞踏風の華やかさ。激しさも。
再び郷愁を感じさせる主題に。
チェロの調べが心に響きます。
ゆっくりと閉じられる第4楽章。

明朗に始まる第5楽章。
チェロの主導でヴァイオリン。ピアノはアルペッジョで。
溌剌と、活き活きと奏される3つの楽器たち。
一時、静かに奏されるヴァイオリンとピアノ。
再び軽快な明るさに。
陽気に力強く閉じられる第5楽章。

第1、第2楽章と同様に対照的な2つの部分が交互に現れる2部形式とのこと。
3つの楽器の深刻そうな雰囲気で始まる第6楽章。
次にピアノが力強く刻むリズム。
この繰り返しのあとに現れるヴァイオリンが奏する悲哀を感じさせるような調べ。
郷愁や抒情性、活気さが混合しているよいうな楽章でしょうか。
明るく力強いピアノの打鍵で閉じらる曲。


「明」と「暗」で構成されているような
はたまた気分がコロコロと変わるようなドヴォルザーク流のドゥムカでしょうか。
聴き終えて「ドゥムキー」の「回想」「瞑想」の雰囲気よりも
「明」の部分が記憶に残り愉しい曲として感じられるようです。
ピアノ、ヴァイオリン、チェロがそれぞれ主役のように活躍をし
3人の息の合った演奏。
曲想からも活き活きとした印象を強く受けるとともに
プレスラーのピアノの溌剌さ、表情の豊かさに
この曲でも耳を奪われてしまいます。

                  

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タグ : ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲 ドゥムキー ドゥムカ ボザール・トリオ

13:50  |  ドヴォルザーク  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2015.06/20(Sat)

Op.289 ドヴォルザーク:「チェロ協奏曲」 by フルニエ;クーべリック&フィルハーモニアO.

昔からとても好きな曲。
ドヴォルザークの作品の中では最も好きな曲かも知れません。
久しく、久しく耳を傾けていませんでした。
年数を経て今改めて聴き・・・以前よりも一層、惹かれるようになりました。

早々、寄り道になります。
ドヴォルザークの生涯を綴ったカレル・V・ブリアン著「ドヴォルジャークの生涯」
に出合いました。
生き生きとドヴォルザークの生涯が伝わり感銘を受けた書です。
この書籍よりチェロ協奏曲に関連する個所の引用を。

「2年前大西洋の向こうへ行った時、ドヴォルジャークが感じていたのは少年のような渇望だった。今またアメリカの地に来て胸にあるのは幾多の名状しがたい悲しみで、それは一年経てば故郷に戻り、そこにずっといられる、と考えても晴らすことのできないものだった。
 彼は心の中に望郷の念に満ちたチェロの声を聞いた。それは孤独な魂いの、何か奇妙な歌のとりとめもない断片で、その歌は独奏楽器の中で具体的な形を現した。オーケストラの楽器を響かせる声は、その歌との対話を織り出し、喜びと幸福感を取り戻してやろうと努めていた。だがこの孤独の声は、恰もどこかへ逃れ行くかのように、静けさと終局の憩いを望むかのように・・・。
 生まれつつある作品のモチーフとテーマは、ニューヨークの秋の湿っぽく冷たい霧をも通して、はっきりした姿を見せ始めた。人気のない中央公園を独り散歩していると、白い霧の中からアントニーンの眼の前に、別の時、別の所で生きていた人々の姿や出来事が浮かんで来た。この顔はみんな知っている。何と優しく身近に感ずることか! 思い出だけが顏に置くことのできる表情をしていた。
 冬の12週を費やしてチェロ協奏曲ロ短調が書き上げられた。何びともこの曲を前にして、はっと目を見張るような、またとない音楽的美しさを持った作品。人間の幸福と苦しみ、魂の炎と氷である果てしない憧れを映し出す男らしい感情の漲る長大な悲歌。」
(引用:カレル・V・ブリアン著
「故郷の音楽=作曲家アントニーン・ドヴォルジャークの生涯よりの断章」より
訳:関根日出男)


目下のお気に入りの演奏は
フルニエクーべリックフィルハーモニアO. です。


             ピエール・フルニエEMIレコーディングスより
                  ドヴォルザークチェロ協奏曲


                (289)ドヴォルザーク:ピエール・フルニエEMIレコーディングス

                         (収録曲)

            ドヴォルザークチェロ協奏曲 ロ短調 Op.104
            サン=サーンス:チェロ協奏曲 イ短調 Op.33
            チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲 イ長調 Op.33

                   ラファエル・クーべリック指揮
                   フィルハーモニアO.

                    (録音:1948年5月18-19日  
                        ロンドン アビーロード・スタジオ)


            第1楽章:アレグロ ロ短調4/4拍子
            第2楽章:アダージョ・マ・ノン・トロッポト長調3/4拍子
            第3楽章:アレグロ・モデラートロ短調2/4拍子


作曲されたのは1894年11月から翌1895年2月だそうです。
1892年9月に、51歳のドヴォルザークはニューヨークのナショナル音楽院の
校長としてアメリカに赴任。
ドヴォルザークはアメリカ滞在中、いつも故郷への想いを抱いていたとのこと。
約3年の滞在期間を終える頃、プラハ音楽院長として帰国する直前に
作曲されたのがこのチェロ協奏曲だそうです。
曲の完成後、1895年6月に終楽章のソロ・パートに若干の変更を加えたとのこと。

この曲は同郷の友人でチェリストの、ハスシュ・ヴィハーンに捧げられたそうです。

             289ドヴォルザーク:チェロ協奏曲(wikiドイツ)289ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」 Hanuš Wihan
                 Hanuš Wihan (左から2人目)
               (1855年6月5日-1920年5月1日)
             ボヘミアン弦楽四重奏団のメンバー 1895年
              (左から カレル・ホフマン、ハスシュ・ヴィハーン
                    オスカー・ネドバ、ヨーゼフ·スーク)

ドヴォルザークは渡米前にヴィハーンとボへミヤ地方に演奏旅行をし
それがこの作品の作曲に間接的な動機にもなったと言われているそうです。

ブラームスはこの曲に嘆息をしたそうです。
 「こんなチェロ協奏曲が人間の手で書けるということを、私はどうして気が付かなかったのだろう?もし気が付いていたら、とっくに私自身が書いていただろうに!」

初演は1896年3月19日にロンドン・フィルハーモニー協会の演奏会に於いて
当時イギリスを代表するチェロの名手であったレオ・スターンの独奏で
ドヴォルザーク自身の指揮、ロンドン・フィルハーモニーにより行われたそうです。
大成功を収めたとのこと。


暗く重々しいクラリネットが奏して始まる第1楽章。
この始まりの第1主題の暗澹とした趣が力強く盛り上がる部分から
いつ聴いても心を射止められてしまいます。
トゥッティになり勇壮で明快な雰囲気には晴れがましい感じがします。
ホルンの登場で吹奏される第2主題。
第1主題とは対照的で牧歌的で美しい調べ。
第2主題の哀愁を帯びた美しさ。
魅了される第2主題です。
一転して力強さが戻り現れる独奏チェロ。
雄弁なチェロが奏する主題の変形には明朗さや軽快さも感じられるようです。
独奏チェロが奏でる第2主題の調べは心に触れ刻み込まれます。
力強く雄大に終わる第1楽章。
雄大さと哀愁に彩られたお気に入りの楽章です。

木管が牧歌的なゆったりと調べを奏して始まる第2楽章。
クラリネットと独奏チェロの穏やかな対話。
田園を想わせるような長閑な第1主題。
木管と独奏楽器の和みの語り合いのように感じられます。
突如として中間部で劇的な変化。
驚くのも束の間で第2主題に。
寂寥感を漂わせつつも親しみを感じる美しい旋律。
この第2主題はドヴォルザークの歌曲、作品82の中の一曲「ひとりにして」が
基になっているとのことです
オーケストラ、木管、チェロが奏でる第2主題。
カデンツァ風に奏される独奏チェロに耳を傾けていると夢幻的な心持に。
静かに終わる楽章。
私にとって、この楽章は回想、回顧の調べでしょうか。
多々の想いが浮かんでは消えてゆきます。

第3楽章の開始は勇壮な行進を連想してしまうような覇気を感じます。
力強いチェロ。
勇壮、雄大、に繰り広げられるオーエストラと独奏チェロ。
七変化する独奏チェロ。
コーダでは楽器たちの語り合いが恰も名残を惜しむように伝わるようです。
力強くまた華々しいトゥッティで閉じられる曲。


各楽章中に独奏チェロがカデンツァ風に織り込まれ印象的です。
過去に求めたピアティゴルスキー;ミュンシュ&ボストン響から聴き始め
手持ちの6種の演奏を聴いてみました。
例え大好きな曲とは言え、この一週間、連日聴くことになってしまいました。
聴き疲れ?気味になってきたような。

今回、聴いた演奏で心に一番残っているフルニエのチェロ。
この曲は困難な演奏技巧が駆使されているとのことですが
テクニックについてまったく無知な自分です。
フルニエの演奏は優しく、時には強靭さをもって語りかけてくるように感じます。
抒情的な調べ・・・「抒情」という言葉が心に沁みる演奏のように思いました。

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タグ : ドヴォルザーク チェロ協奏曲 フルニエ クーべリック フィルハーモニアO.

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2013.12/21(Sat)

Op.223 ドヴォルザーク:「ヴァイオリン協奏曲」 by パールマン;バレンボイム&ロンドン・フィルハーモニーOr.

相変わらず今以ってブラームスのヴァイオリン協奏曲に魅了され続けています。
パールマンでブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴きたく求めたディスクの
カプリング曲が、昔懐かしいドヴォルザークヴァイオリン協奏曲
LP時代のお気に入りの作品でした。
パールマンが演奏するブラームスも気に入りました。
またドヴォルザークヴァイオリン協奏曲も悦に入り耳を傾けている数日来です。


          ドヴォルザークヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品53

                 223ドヴォルザーク                        
                        
                          (収録曲)
            
               ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
                (パールマン;ジュリーニ&シカゴ交響楽団)
               ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲イ短調 op.53
 
                   イツァーク・パールマン(Vn)
                   ダニエル・バレンボイム指揮
                   ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

               (録音;1974年7月9日-10日 ロンドン
                   トゥーティング、オール・セインツ教会)


          第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ イ短調 4分の4拍子
          第2楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ ヘ長調 8分の3拍子
          第3楽章 アレグロ・ジョコーソ、マ・ノン・トロッポ イ長調 8分の3拍子


ドヴォルザークはピアノ、ヴァイオリン、チェロのために
各々、一曲づつ協奏曲を残したそうです。
このヴァイオリン協奏曲は初期のピアノ協奏曲と
後期のチェロ協奏曲の中間に位置しているとのことです。

作曲は1879年7月から9月にかけて、2ヶ月間で完成したそうです。
かのヨーゼフ・ヨアヒムがドヴォルザークの「弦楽六重奏曲」と「弦楽四重奏曲」を
演奏しドヴォルザークの才能に注目し
ヴァイオリン協奏曲の作曲を勧めたとのこと。
故郷にいたドヴォルザークはヨアヒムに作曲を勧められ
早速、作曲に着手をしたそうです。
ドヴォルザークは完成した原稿を携えベルリンのヨアヒムのもとに行き
意見と批評を求めたそうです。
そしてヨアヒムから受けた忠告を容れ作品を修正し
1880年5月に完成したとのことです。

ヨアヒムのもとへ完成したスコアと献辞を共に送り
添えられた献辞は「心からの尊敬の念をもって、偉大な巨匠ヨーゼフ・ヨアヒムへ」
というものだったとのこと。
事情は不明ながらヨアヒムはこの作品を公開の場で演奏することはなかったそうです。

初演は1883年10月14日に首都プラハに於いて。
ヴァイオリンはドヴォルザークの賛美者であり
同郷であったフランティシェック・オンドルシ―チェックとのことです。

いつもの余談です。
ドヴォルザークについて備忘録的に。
門倉一朗氏の記述を引用させていただきます。

「19世紀中葉のボヘミアでは政治的独立を求める民族主義的運動のなかにあって、
 音楽においてもその豊かな民族遺産の再評価がおこなわれ
 1862年にプラハに創立された国民劇場のためにスメタナが
 多くの民族的なオペラを作曲していた。
 青年ドヴォルザークは創立以来11年間、同劇場のヴァイオリン奏者を務め、
 1866年にその楽団の指揮者となったスメタナから親しく教えを受けるに及んで、
 少年時代からボヘミアの民謡に親しんでいた彼は、
 民族音楽の作曲家として決定的な歩みを踏み出したのである。」


                   223ドヴォルザークヴァイオリン協奏曲
                     Antonín Leopold Dvořák
                   (1841年9月8日-1904年5月1日)


久し振りを通り越して云十年振りに
この作品にじっくりと耳を傾けることができました。

第1楽章の主題は一つだけで展開は簡潔で
再現も極度に省略されているそうです。
オーケストラの勇壮な力強さを感じさせる序奏で始まる第1楽章。
続いて独奏ヴァイオリンが奏でる主要主題。
この主題に何とも言えない情緒を感じます。
楽章全体がこの主題の展開と変容で構成されているとのことです。
情熱的な主要主題から対照的な副主題の出現に
憂愁の想いに捕らわれてしまいます。
この楽章を聴いていると回顧的な想いが膨れ上がるようです。
耳は旋律を聴きつつも、心は昔を向いてしまいます。
初めてLPでこの曲を聴いた時の感動も鮮やかに甦ってきます。
当時の状況までが鮮明に心に描き出されます。
当時とは何もかもすべてが変わった現在。
変わっていないものは唯一つ、レコード・プレイヤーだけです。
それともう一つ。音楽が好きな自分。
旋律と思い出が見事に一致してしまいます。
オーケストラの重々しさ
そしてヴァイオリンの繊細さを耳にするうちに
気障な表現ですが・・・心の中で一つの 思い出物語 が作り上げられるようです。
さて、楽章の終わりに近づきテンポが遅くなり
ヴァイオリンの静かな哀愁を帯びた調べが心に染み入ります。

気が付けばアタッカで第2楽章に。
冒頭の第1主題の美しく静かなヴァイオリンの調べ。
物憂い趣も漂わせて。
この楽章は2つの対照的な主題を中心とする三部形式とのことです。
第1主題の憂鬱なスラブの気分
第2主題のジプシー風の情熱
この2つの主題がが対照的に扱われているそうです。
耳に残るのは第1主題の旋律です。
静かに音を紡ぎ出すヴァイオリン。
また特に印象的なフルート。
木霊を連想させるかのように遠くから響いてくるようなフルート。
楚々とした透明な音色に神秘的な趣が添えられているように感じられます。
この楽章でのパールマンのヴァイオリンは殊更に繊細さを感じます。

第3楽章はロンド形式とのことです。
全曲中では最も民族的色彩が強いものになっているそうです。
民族舞曲のフリアントを主としてドゥムカも取り入れられているそうです。
冒頭でヴァイオリンの奏する愛らしい旋律。
第1、第2ヴァイオリンそして独奏ヴァイオリンの明朗な快活さ。
リズミカルに刻まれる旋律。
独奏ヴァイオリンは活き活きと
オーケストラも伸び伸びと闊達に。
親しみ易さを感じさせれる楽章です。
昔々、初めて耳にした時から長い間、心に焼き付いている楽章。
第2主題でのヴァイオリンが柔和な舞を感じさせる調べ。
主題の愛らしさも印象的です。
一転して第3主題で顔を出すヴァイオリンとオーボエが奏する憂愁の調べ。
各楽器が歌い次ぐこの主題も耳を離せないものがあります。
独奏ヴァイオリンが華麗な歌を歌い始めて迎えるコーダ。
全合奏で力強く高揚し激しさのうちに迎える曲の終結は
息つく間もないようです。


演奏が終わり、大きく深呼吸をしてしまいました。
パールマンのヴァイオリンは多彩な表情を見せてくれるようです。
初めてベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第2番・9番を聴いたのが
パールマン&アシュケナージの演奏でした。
LP時代のことになります。
その当時から今日に至るまでパールマンに特別な印象を抱くことがありませんでした。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲でのパールマンに開眼(?)の至りに。
そしてカプリング曲のこのドヴォルザーク。

この演奏を聴きつつ
ボへミヤの香りが漂よう曲・・・と言いたいところですが
ボへミヤに行ったこともないので分かるはずもなく。
この曲に限らず、ドヴォルザークの作品を耳にしていると
未知の地、ボへミヤに夢を馳せてしまいます。


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2012.11/24(Sat)

Op.169 ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第10番 by シュターミッツ四重奏団

ドヴォルザークの弦楽四重奏曲は多くを聴くことがありませんでした。
多分、シュターミッツ四重奏団のドヴォルザーク弦楽四重奏曲全集に
出合うことがなければ数曲しか聴く機会がなかったようにも思います。

過日のドヴォルザークの弦楽四重奏曲第9番に続いて第10番を聴いてみました。
この1週間、毎日聴いていても飽きることなく
聴けば聴くほど、この作品の虜になっています。
日によって新たな発見や魅力が次々と。
聴き込むほどに心惹かれる曲になってきました。


             ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲全集より
                シュターミッツ四重奏団

            弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 Op.51

           ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲全集 シュターミッツ四重奏団

                 Bohuslav Mtoušek(Vn.Ⅰ)
                 Josef Kekura(Vn.Ⅱ)
                 Jan Pěručcka(Vla.)
                 Vladimir Peixner(Vc.)

                     (録音:1990年)

        第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ホ長調 4/4拍子
        第2楽章 ドゥムカ アンダンテ・コン・モート ト短調 2/4拍子
        第3楽章 ロマンツァ アンダンテ・コン・モート 変ロ長調 2/8拍子
        第4楽章 アレグロ・アッサイ 変ホ長調 2/4拍子




作曲に取り掛かったのは1878年12月25日だったそうですが他の作曲にて中断をし
完成は1879年3月28日とのことです。

               作曲を依頼したフローレンス四重奏団の
               ヴァイオリニスト、ジャン・ベッカー
                 Jean Becker
                       Jean Becker
                (1833年5月11日-1884年10月10日)


こちらの弦楽四重奏曲第10番が作曲された当時は
ドヴォルザークが「スラブ舞曲集」第1集で国際的名声を得て
多くの作曲の依頼が舞い込むようになった頃だそうです。
その依頼の一つが1878年12月、当時高名だったフローレンス四重奏団の主宰者で
ヴァイオリニストのジャン・ベッカーから
スラブ的な弦楽四重奏曲の依頼を受け作曲されたものだそうです。
この作品はドヴォルザークのスラブ時代の代表作の一つでもあるとのこと。

公開初演については二説あるようです。
1880年の半ばにウィーンでヘルメスベルガー四重奏団によるもの
他の一説はフローレンス四重奏団によって行われたもの。
私的初演は1878年7月29日にベルリンのヨアヒム邸に於いて
ヨアヒム四重奏団の私的な 室内楽の夕べ だったそうです。
この私的初演にドヴォルザークはヨアヒムの招待で出席をしていたとのことです。

献呈は作曲の依頼者、ジャン・ベッカーに。
出版は1879年にジムロック社から。
 

初めて耳にするドヴォルザークの弦楽四重奏曲第10番。
深く印象に残るのは、第1楽章のポルカ風の第1と第2の主題です。
軽快で楽しげであり、つい口ずさみたくなる親しみも感じられます。

第2楽章も耳を奪われるもので
一言で表現すると「春のまどろみ」でしょうか。
希望を抱かせるような光明にも似たものを感じます。
この楽章に題されているドゥムカについて
 ウクライナのバラード風の様式に従ったのではなく
 ドヴォルザークはチェコ語の「瞑想」を意味するドゥムカを念頭にして
 書いたのではないか
との意見もある、とのことです。

美しい調べに心を釘付けにされる第3楽章。
この楽章には静けさがお似合いでしょうか。

最後の第4楽章では一転して躍動と活気が漲るのを感じさせられます。
気分もウキウキとしてくるようです。
この楽章の第1主題について
「モラヴィア東部からスロヴァキアにかけてみられる男性だけのための
 飛び跳ねて踊る民族舞踏の曲の特徴を反映したものとなっている」
との記述がありました。
この記述のなかの「民族舞踏」とは何と言う舞踏なのでしょうね?


こちらの全集で初めて演奏を耳にしたシュターミッツ四重奏団。
以前に第9番を取り上げさせていただきましたが
第10番でも、その演奏に大満足をしています。

第1、2ヴァイオリンともに音色が刺激的ではなく
渋さを感じられるようで好感を抱いています。
この渋さが奏でる調べには全く疲れを感じることがありません。
如何にお気に入りの作品であってもヴァイオリンの音色によっては
聴いていて不快感を抱いてしまい
曲の最後まで我慢比べのような心持ちや
意地で聴いていることもあるのですが。
シュターミッツ四重奏団では、ヴァイオリンに限らず
安心をして心から音楽を楽しみことができるようです。

こちらの第10番の調べの中で
軽快な楽しさや、美しく穏やかな旋律
覇気を感じさせる躍動感
いずれに於いても惹き付けられる演奏です。
残念ながらシュターミッツ四重奏団の演奏しか聴いていないのですが。


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