2012.04/20(Fri)

Op.139 ショパン:ピアノ協奏曲第1番 by シュミット;マズア&ライプツィヒ・ゲヴァントハウスO.

長年、ショパンは苦手な作曲家の一人でした。
ピアノ協奏曲第1番。
久しく耳を傾けることもなく過ぎ去った年月。
何気なく耳に届いた第2楽章に何時になく心惹かれ
昨年末にこの作品のCDを云十年振りに求めてみました。
大昔に第1番と第2番のカプリングのLPで求めて以来のこと。
いかにショパンの音楽が自分にとっては遠い存在であったかの証のようなものですが。

じっくりと耳を傾けたく求めたCDは懐かしいアンネローゼ・シュミット。
マズア指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスO.です。
また、お気に入りのピアニストになったルービンシュタインの
3種の録音でも聴いてみました。

            ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11 
                        by
         シュミット;マズア&ライプツィヒ・ゲヴァントハウスO.


                (HMV)ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番 シュミット;マズア&ゲヴァントハウス管

                   アンネローゼ・シュミット(P)
                   クルト・マズア指揮
                   ライプツィヒ・ゲヴァントハウスO.


            第1楽章 アレグロ・マエストーソ ホ短調 3/4拍子
            第2楽章 ロマンツェ ラルゲット ホ長調 4/4拍子
            第3楽章 ロンド ヴィヴァーチェ ホ長調 2/4拍子 

               わんぱぐさん:ライン、ブルーの鳥

1830年、20歳のショパンが故郷のポーランドを旅立つ直前に作曲をしたとのこと。
ショパンはワルシャワを離れる時の告別演奏会での初演を考えていたそうで
1830年10月11日に、ワルシャワ国立劇場で初演。
ショパン自身のソロ・パートで。

献呈はショパンが一時師事しようとしていた正統派のピアノ教師であり
ピアニストだったカルクブレンナー(1785-1849)とのこと。
この演奏会のティケットの売れ行きは好調。
演奏会当日には全部売り切れてしまい大盛況であったそうです。


この作品の第2楽章について
ショパンは親友のティトゥス・ヴォイチェホフスキー宛ての
1830年5月15日付けの書簡で次のように綴っているそうです。

 「新しい協奏曲のアダージョはホ長調である。
  ここでは僕は力強さなどは求めはしなかった。
  むしろ浪漫的な、静穏な、半ば憂鬱な気持ちでそれを作曲した。
  楽しい無数の追憶を喚起させる場所を眺めるような印象を起こさねばならない。
  例えば、美しい春の月明かりのような。」




お気に入りの演奏になっているシュミット。
感情移入を控え、しっかりとした構築、骨太さを感じさせるようなシュミット。
重厚な風格を感じるのはマズアとライプツィヒ・ゲヴァントハウスO.の
成せる技でしょうか。
古典的な印象を受けました。
この作品での、お気に入りのCDになりました。

ルービンシュタインの3種の演奏では。

1937年録音のバルビローリ&ロンドン交響楽団。
いかにも、ルービンシュタインらしい、と感じられる演奏です。
ルービンシュタインらしさ・・・「らしさ」と言っても
あくまでも私がルービンシュタインに抱く「らしさ」ですが。
活き活きと躍動する典雅な香りを感じます。
オーケストラの音には録音の古さを感じますが
全体的に爽やかな印象です。
3種のルービンシュタインの演奏では、こちらのバルビローリ&ロンドン交響楽団が
最もお気に入りの演奏です。

1953年録音のウォーレンスタイン&ロサンジェルスPO.
やや早めのテンポで明るく軽やかなショパンでしょうか。
左手の音も鮮明で活気を感じます。
第3楽章からは楽しさが湧き出るようです。

1961年録音のスクロヴァチェフスキー&ロンドン新交響楽団。
私が勝手に抱いているルービンシュタインらしさ・・・が少し影を潜めているような。
ショパンがこの作品に託した想いは、よく伝わってくるようです。 
繊細な優しさを感じさせる演奏は印象的でした。

ルービンシュタインの演奏で繰り返し聴きたくなるのは
1937年の演奏です。


さて、上述したショパンの書簡の中の第2楽章への想いを伝える言葉ですが。

「楽しい無数の追憶を喚起させる場所を眺めるような印象を
 例えば、美しい春の月明かりのような」

「美しい春の月明かり」
シュミットでは月に翳りのようなものを感じます。
対照的に1937年と1953年のルービンシュタインからは正に
鮮明に輝く月明かりを感じます。
1961年のルービンシュタインでは「美しい春の月明かり」は
美しさの強調よりも、「穏やかな月明かり」として心に響くようです。


前後しますが、
この作品が初演された演奏会の後、11月2日にショパンはティトゥスを同行者として
ウィーンに向かうヨーロッパへの長い旅に出かけるために
ワルシャワの町を後にしたそうです。
ショパンはポーランドと決別する意思を抱いてはいなかったようですが
再び祖国ポーランドに帰ることはなかったと。


ショパンと親友ティトゥスの友情の絆には心動かされるものがあります。

ショパンは幼い頃から両親や姉妹たちの深い愛情に包まれ
また友情にも恵まれていたとのこと。
特にショパンより2歳年長の親友のティトゥス・ヴォイチェホフスキは
ワルシャワ時代の重要な友人であったそうです。
ショパンの父親が経営する寄宿学校にショパンが13歳の時に
入ってきたのがティトゥス。
ショパンとティトゥスは共に四手連弾を楽しむことも多かったとのこと。
ティトゥスは高等学校を卒業し故郷のワルシャワの東にあるポトゥジに帰った後も
最も信頼する友人として二人は手紙のやり取りをしていたそうです。
ティトゥスに対して、ショパンは心から自分を曝け出すことができたそうです。


今迄、ショパン 及びその作品にはあまり関心がなかったのですが
お気に入りになったピアノ協奏曲第1番の第2楽章を聴いているうちに
ショパンについて知りたい思いが募ってきました。
ショパンについての記述がされている手元の書籍を紐解いてみました。

気付いたのはショパンに対して誤解のようなものを抱いていたのかも・・・。
この作品に感銘を受けることがなければ
ショパンに対する苦手意識を抱いたままであったようにも思います。

とは言え
時にはショパンの音楽に漂う華麗さ等を、受け入れ固く感じることも間々ありますが。


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タグ : ショパン ピアノ協奏曲 シュミット マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス ルービンシュタイン バルビローリ

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