♪クラシック音楽 さんぽみち♪〜第1楽章:CD&MUSIC BIRD

クラシック・ビギナーのCD及びCS-PCM放送のミュージック・バードを主とした音楽便りです。 敬愛する作曲家はベートーヴェン。 古典派〜ロマン派を中心に聴いています。 時には日常の雑感も。また、時には家族のコザクラインコの話も。ゆっくり、のんびりと。

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Op.184 シューベルト:「春に小川のほとりで」D.361 by ディースカウ;Stephen Varcoe

3.11が近付いてきました。
あれから 2年。
早いのでしょうか。遅いのでしょうか。
あれから 多々の想いが交錯するようになった春です。


シューベルトの歌曲から「春」が付くのタイトルを探してみました。
タイトルの中に「春」の文字がある作品でお気に入りは
「春に」D.882
「春の想い」D.686
この2曲はとても好きな歌です。

今迄、取り上げなかった作品では「春に小川のほとりで」D.361 がありました。
初めて聴く歌曲です。

詩を読むと「春」に抱いているイメージとは異なる沈鬱さが浮き彫りの第2節。
第3節での一輪の花に思い出を甦らせつつ終わるこの詩。
シューベルトの旋律からは沈鬱さは影を潜め
穏やかな甘美さが伝わってくるようです。

作曲は1816年とのことですので
シューベルトは19歳頃でしょうか。
詩はシューベルトの親友のフランツン・フォン・ショーバー。
初版は1829年7月10日にウィーン、A.ディアベッリ とのことです。


変ニ長調 4/4拍子
「遅すぎず」の指定
3部形式で中間部はレチタティーヴォになっているとのことです。


「春に小川のほとりで」(他訳「春の小川にて」)は歌われることはあまりないそうです。
いつものディースカウ「シューベルト歌曲全集」と
「シューベルト歌曲全集~60名の歌手たち」から Stephen Varcoe のバリトン。
このお二方でしか聴くことができませんでした。
陽の当らない歌曲のようで残念に思ってしまいます。


              Franz Adolf Friedrich Schober
               Franz Adolf Friedrich von Schober
               (1796年3月17日-1882年9月13日)


シューベルトが親友でオーストリアの詩人、台本作家のショーバーの詩に
付曲をしたものは12曲あるそうです。
その12曲中では「春に小川のほとりで」が作曲された翌年
1817年3月の作曲になる「音楽に寄せて」D.547は
シューベルトの歌曲の中では詩も旋律も最も好きな曲です。
昔も今も、私にとってはベスト1 になっています。

ショーバーは大学入学のために1816年にウィーンに来て
シューベルトの家を訪れたそうです。
自由な作曲時間を持たないシューベルトを自分の家に呼び共同生活をし
経済的な援助もしたそうです。


              ディースカウ:シューベルト歌曲全集  
                        ↓
                   (HMVへのリンクです)
               シューベルト歌曲全集byディスカウ
              
                    D.F=ディースカウ(Br)
                    ジェラルド・ムーア(P)


厳格な風情を感じるディースカウの歌唱のように思います。
中間部のレチタティーヴォでは
ディースカウは感情豊かに表現し聴いていて厳粛な気分になってしまいます。
第3節で仄かな明るさが感じられるようですが
季節は春であっても、心の冬が色濃く表現されているようで
あくまでも厳しい趣が漂うディースカウの「春に小川のほとりで」のように感じます。


            シューベルト:歌曲全集~60名の歌手たち
                          ↓
                 (HMVへのリンクになります)
              シューベルト:歌曲全集~60名の歌手たち

                   Stephen Varcoe(Br)
                   Graham Johnson(P)
         

Stephen Varcoe は名前も初めて耳にするバリトンです。
日本語読みが不確かですので Stephen Varcoe のまま書かせていただきます。

ディースカウとは対照的に感じます。

ピアノ伴奏もStephen Varcoe の歌唱も
ゆったりとした、長閑な 春の小川 の流れのようです。
彼の声質そのものが柔和で素朴な感じがしますし
この曲に相応しい声質のように思われます。

歌から感じられるのは第3節の後半の一句

   「でも 僕はここで一輪の小さな花を見つけたんだ
    青く、まるで思い出を咲かせたような花を」

に重点が置かれているかのように思われます。
レチタティーヴォでも殊更に感情を吐露することなく
絶望感は内に秘められているかのような印象です。

Stephen Varcoe で繰り返し聴いていると
この曲に漂う甘美さに気付かされます。
いつしか心に焼き付く歌唱であり 歌 になっていました。
この曲が自然と心に浮かぶ時は彼の歌です。
素朴な親しみを感じさせる「春に小川のほとりで」ではないでしょうか。


聴き初めは取り付き難い曲の印象を受けましたが
シューベルトの魅力ある歌曲の一つであり
詩が持つ悲壮感や絶望感は甘美な調べに昇華されたかのようです。
折に触れ心に浮かぶ歌になりました。


             わんぱぐさん:ライン、ブルーの鳥

          春に小川のほとりで: Am Bach im Frühling D361
                 (詩:フランツ・フォン・ショーバー)


              お前はいま 冷たい地表を破り
              楽しげに 伸び伸びと流れ進む。
              そよ風が再び穏やかに吹き
              苔と草が新たに緑になる。

              独り 悲しく沈んだ気持ちで
              僕は以前のようにお前の流れの方へ向かう。
              大地のあらゆる花々も
              僕の心を喜ばせることはない。

              ここでは いつも同じ風が流れているけれど
              一つの希望も僕の中には湧いてこない。
              でも 僕はここで一輪の小さな花を見つけたんだ
              青く まるで思い出を咲かせたような花を。

                                (訳:若林氏 引用)


             (原詩引用)
 
              Du brachst sie nun, die kalte Rinde,
              Und rieselst froh und frei dahin.
              Die Lüfte wehen wieder linde,
              Und Moos und Gras wird neu und grun.

              Allein, mit traurigem Gemüte
              Tret ich wie sonst zu deiner Flut.
              Der Erde allgemeine Blüte
              Kommt meinem Herzen nicht zu gut.

              Hier treiben immer gleiche Winde,
              Kein Hoffen kommt in meinem Sinn,
              Als daß ich hier ein Blumchen finde:
              Blau, wie sie der Erinnrung blühn.

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Comment

Re: 「春の小川のほとりで」は、なかなか深いです

burleskeさま、こんにちは。
コメントをありがとうございます。

ルートヴィヒもこの曲を歌っているのですね。
良さそうですね。
男声でしか聴くことができなかったのですが機会がありましたら聴いてみたく思います。

いつも引用をさせていただいている若林氏の訳詩に関してですが
若林氏の訳は直訳のように思えます。
レチタティーヴォの部分ですが・・・
歌詞を手元にすることなくいつも聴いてしまっているので
これから歌詞を見て聴き直してみますね。
先に記事の方を削除訂正しておくことにします。
いつもご指摘をいただき助かります。
ありがとうございました!
  • posted by lumino
  • URL
  • 2013.03/10 15:13分
  • [Edit]

「春の小川のほとりで」は、なかなか深いです

「春の小川のほとりで」、ディースカウのDG盤とルートヴィヒ&ゲイジ盤で聴いてみました。
ディースカウは確かに冬の厳しさを感じさせますね。
ルートヴィヒは深みのある美しい歌声で、情感豊かです。
絶望感に対する慰めが感じられるように思えますね。

第3節はluminoさまの引用してらっしゃる若林氏の訳では、「でも 僕はここで一輪の小さな花を見つけたんだ」となっていますが、僕の持っているディスクの石井不二雄氏の訳では「私の胸に浮かぶ希望といえば、ここで一輪の小さな花を見つけることだけだ」となっています。
若林氏の訳では最後に「小さな花」をみつけたことになっていますが、石井氏の訳では「小さな花」を見つけることが希望になっているんですね。
それから、中間のレチタティーヴォで歌われるのは原詩の第2節ではなくて第3節なのでは?
その後、原詩の第1節と第2節に戻って終わりのはずです。
これなら、ディースカウの厳しさがこの作品に相応しいと思えるんじゃないでしょうか?
  • posted by burleske
  • URL
  • 2013.03/10 13:56分
  • [Edit]

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