♪クラシック音楽 さんぽみち♪〜第1楽章:CD&MUSIC BIRD

クラシック・ビギナーのCD及びCS-PCM放送のミュージック・バードを主とした音楽便りです。 敬愛する作曲家はベートーヴェン。 古典派〜ロマン派を中心に聴いています。 時には日常の雑感も。また、時には家族のコザクラインコの話も。ゆっくり、のんびりと。

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Op.1 指揮者 若杉弘氏に思う

本日からこちらのブログでスタートをしました。 
今まで、某クラシック音楽サイトでブログを綴らせていただいていましたが、7月31日にて、閉鎖になりましてこちらに新しく開設を致しました。
クラシック音楽の知識も無きに等しいながら、引き続きおこがましくも綴っていきたいと思います。
気楽に、のんびりと、時には音楽以外の話題なども・・・。
よろしくお願いいたします。

今日がブログ誕生日の第一歩。「Op.1」ということになりますでしょうか。

   
若杉氏につきましては、某有名邦人指揮者のように目立つ派手さもなく、あまり報道される機会にも恵まれず、クラシック音楽専門雑誌で時折・・・私にとりましては、お名前を存じ上げるだけで、あまり身近な指揮者ではありませんでした。これは、私がいかにクラシック音楽界に疎いものであるかの「告白」にもなってしまいますが。
以前の音楽サイトでのブログ仲間さんが若杉氏の訃報に接しましてのブログを拝読しまして、人となりを初めて知りました。
その時から、初めて若杉氏に目を向けるキッカケになりました。
      
   ~N響アワー - 若杉弘さんをしのぶ ~
7月21日に74歳で亡くなったN響正指揮者の若杉弘さんを追悼する。2006年のN響定期公演から「交響曲 第9番 ニ長調 第4楽章」(マーラー)ほかを放送。
2009年7月21日に74歳で亡くなったN響正指揮者の若杉弘さんをしのぶ。若杉さんは東京藝術大学を卒業後、NHK交響楽団指揮研究員として活動を開始。ドイツと日本を中心に国際的に活躍し、1995年にN響正指揮者、2006年にびわ湖ホール芸術監督、2007年には新国立劇場オペラ芸術監督に就任し、文字どおり日本の音楽界をけん引した。若杉さんが最後にN響を指揮した「弦楽のためのレクイエム」ほかを紹介する。

今日、21:00の「N響アワー」は是非、観たかったのですが・・・。
是非とも録画を!
ですが、 最近、DVDレコーダーの調子が良くありません。
案の定、「N響アワー」録画がされておらず泣くに泣けない心境です。ガッカリ。
放映最後のマーラー交響曲第9番4楽章の途中から、指揮なさる若杉氏のお姿からTVを観られましたものの。
とても、残念でした。

若杉弘氏の事。
音楽上の特徴
「プログラミングの時点で演奏会は始まっている」との信念のもと、時代背景・調性・文学・演奏機会といった観点から、世界に二つとない凝りに凝ったプログラム作り、あるいは聴衆に聴かれる機会の少ない作品をコンサート・オペラハウスで取り上げるのが特徴である。「マーラーと新ウィーン楽派」(1988年 - 1990年)、「ブルックナーとメシアン」(1996年 - 1998年)といったツィクルスを組んだことでも知られる。フランス物などの隔たりのない選曲が特徴である。

世界初演リスト
シェッフェル:ヴァイオリンとオルガンとオーケストラのための『協奏曲B-A-C-H (1984)』
日本初演リスト
ベルリオーズ:「ロメオとジュリエット」、「トロイアの人々」
ワーグナー:「リエンツィ」、「ラインの黄金」、「ジークフリート」、「神々の黄昏」、「パルジファル」(以上全曲)、「妖精」、「恋愛禁制」(以上抜粋)、「使徒の愛餐」[2]
グリーグ:「ペール・ギュント」(全曲)
ヤナーチェク:「イェヌーファ」
マーラー:交響詩「葬礼」(交響曲第2番の原型)
R・シュトラウス:「ナクソス島のアリアドネ」、「ダフネ」
ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」、詩篇第23番、抒情交響曲、メーテルリンクの詩による6つの歌曲
シェーンベルク:「ペレアスとメリザンド」、「グレの歌」、「今日から明日まで」、「期待」
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番
ベルク:「抒情組曲」からの3楽章
プーランク:「ティレジアスの乳房」
バーバー:ピアノ協奏曲
メシアン:「彼方の閃光」
ブリテン:「ベニスに死す」、「カーリュー・リヴァー」
ペンデレツキ:ルカ受難曲
ブーレーズ:「ル・マルトー・サン・メートル」、「ノタシオンⅠⅣⅢⅡ」(1987年版)
ツィンマーマン:「軍人たち」

来歴1935年5月31日、アメリカ合衆国:ニューヨークに生まれる(実父が当時、外務省駐米ニューヨーク総領事を務めていた為)。

慶應義塾大学経済学部へ入学し、経済学を学びつつ混声合唱団楽友会に所属、音楽への思いを断ち切れずに中退し、1963年に東京芸術大学に入学し直して指揮科で伊藤栄一らに師事。

卒業後すぐにNHK交響楽団指揮研究員となり、カイルベルト、ロイブナー、マタチッチ、サヴァリッシュ、アンセルメ、マルティノン、エレーデなどの薫陶を受ける。

1963年3月に東京交響楽団を指揮してデビューした。

1977年にケルン放送交響楽団首席指揮者就任。以後は海外に活躍の場を広げ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、ボストン交響楽団、モントリオール交響楽団などに客演したり様々な要職を得るなど、クラシック音楽の中心地とも言えるドイツ語圏でアジア人指揮者の地位確立に貢献した一人である。

オペラ指揮者としての経歴は、ドイツにおいてライン・ドイツ・オペラ(デュッセルドルフ/デュイスブルク)音楽総監督(GMD)、ドレスデン国立歌劇場およびドレスデン・シュターツカペレ常任指揮者、バイエルン国立歌劇場指揮者などの要職を歴任した。

日本では東京室内歌劇場芸術監督、新国立劇場芸術参与、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール芸術監督を歴任するなど、世界でも一流のキャリアを持つ。ドレスデン国立歌劇場における常任指揮者の最後の1年は国立歌劇場音楽総監督(GMD)も務めたが、任期途中での解任により本人の主要プロフィールには載せられていない。

2007年9月より新国立劇場の芸術監督に就任(任期は2010年8月まで)。

コンサート指揮者としては、前述のケルン放送交響楽団首席指揮者のほか、1965年に読売日本交響楽団常任指揮者、1986年から1995年まで東京都交響楽団音楽監督(1987年より首席指揮者兼務)、1987年から1991年までチューリヒ・トーンハレ協会の芸術総監督(1988年よりチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の首席指揮者兼務)などを務めた。

芸術選奨文部大臣賞、日本芸術院賞、朝日賞、毎日芸術賞、サントリー音楽賞、N響有馬賞ほか受賞多数。

2009年7月21日、多臓器不全のため東京都内の病院で死去[1]。享年75(満74歳没)。
      ---以上、Fresh eye ペディアから---
                     
                   若杉弘:指揮姿

番組の最後に、西村朗氏が若杉氏につき 作曲家の魂を聴衆に伝える介在者 とのような風に仰っていた言葉が印象的でした。 (合掌)





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